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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

不都合な日本の真実② 選挙制度2020.02.11

――有権者の2割で「一強政治」という仕組み――

「万引き家族」でカンヌ映画祭最高賞を受賞した是枝和弘監督が何年か前、朝日新聞のインタビューでこんなことを語っている。

「得票率6割で当選した政治家は本来、自分に投票しなかった4割の人に思いを馳せ、彼らも納得する形で政治を動かしていかなければならないはずです。そういう非常に難しいことにあたるから高い歳費が払われているわけでしょ? それがいつからか選挙に勝った人間がやりたいようにやるのが政治だ、となっている。政治のとらえ方自体が間違っています。民主主義は多数決と違います」。

この言葉くらい安倍政治の本質を突いた発言はない。「桜を見る会」問題のお粗末対応、IRリゾート法をめぐる疑惑捜査もあって安倍政権の支持率がじり貧状態という。しかし、各社調査の平均値を取れば40パーセント台を維持している。安倍首相は心配していないはずだ。小選挙区制度の下では投票数の51パーセントを取った候補が当選し、49パーセントは死票となる。この10年間ほど国政選挙の平均的投票率は50パーセント未満だから有権者投票の25パーセントを取れば大勝利だ。

安倍首相は「国政選挙に6連勝した。国民は私を支持した」というが、より正確に言えば公明党支持者を含め有権者の4分の1弱の票によって国政の“独占”に成功しているといえるのだ。だから内閣支持率が30パーセントを切らない限り安倍首相は枕を高くして眠られるに違いない。

高橋純子朝日新聞社編集委員兼論説委員によると、「今の政治を見たときに、“桜を見る会”なんかもそうだが結局、安倍さんのサークルの中に入ればすごく厚遇されるが、サークル内とサークル外との分断がものすごくある」という。良くも悪くもこの「敵味方を峻別し、中間を排除する政治手法、トランプ大統領のやり方とよく似ている。

同質な安倍・トランプ政治

トランプ大統領に対する批判、攻撃が強まれば強まるほど岩盤支持層(低学歴・白人労働者層、原理的宗教信奉者たち)は、自分の身が脅かされたかのように結束し、より必死にトランプ大統領を支持する。危機感に追い立てられ「絶対に投票に行く」30パーセントと、広くゆるい反トランプ感情に支えられた40パーセントのリベラル層では迫力、行動力が違う。だから前回の米大統領選挙では全米の一般投票ではヒラリー候補が300万票も上回ったのに各州ごとの大統領選挙人を争奪する戦いではトランプに負けたのだ。

この状況をひっくり返して見ているのが未だ政界仕掛人たらんとする小沢一郎氏だ。与党313議席、野党130議席で自公の大勝利に終わった2017年10月の衆議院選挙。この選挙は幻の「小池新党」に踊らされて民主党が分裂、野党にとっては最悪の条件で行われた選挙だった。

しかし、比例区の票を見ると自民1855万票に対し、立憲民主党は、その6割近い1108万票を取っている。さらに2012年以降の国政選挙での自公の絶対得票率(全有権者に占める得票比率)は、20パーセントに過ぎない。19年参議院選挙では、18.9パーセントで2割も切った。「一強の裏側には顧みられない消極的な“NO”の声が積みあがる」(日経1月12日)との指摘は鋭い。

だからこそ小沢氏は、全野党が「安倍政権打倒で結束すれば政権交代は確実なのに何故、踏み切らないのか」と地団駄踏むわけだ。しかし、通常国会冒頭解散の可能性が消えた瞬間、春の雪のように消えてしまった野党結集論議とはなんとはかないものか。

是枝監督のインタビューに戻れば彼は、こんな風にも言う。「“4割”に対する想像力を涵養(かんよう)するのが映画、小説じゃないかな」。

いや是枝さん、政治の仕事です。