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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

水と種子、命に関わる大事2018.9.01

-どうなる食の安全保障-

カジノ民営化を可能とするIR法案、参議院議席6増というお手盛り法案を与党が強引に成立させ国会は閉幕した。モリ・カケ問題、公文書改ざんに揺れ続けた国会審議だった。世の関心は9月下旬の自民党総裁選挙に移っているようだ。

こうした中、国民の命に関わる基本資源、「水」と「農産物種子」に関する法改正が施行され、また関連法案の成立が次期国会で確実視されていることをご存じだろうか。この問題に関する国会議論は、きわめて低調でマスコミの関心も薄い。いわば国民から忘れ去られた中、制度が変わり大きな禍根を残す可能性が懸念されている。

7月5日、「水道法改正案」が衆議院を通過した。審議時間は2週間に満たないスピード審議だった。参議院で継続審議となったが次期国会での成立は確実視されている。16年ぶりとなる改正の眼目は4つだ。(1)人口減、山中間地域の自治体消滅を見据えた広域連携の推進(2)適切な資源管理(3)官民連携の推進(4)これを受けた指定給水装置工事者制の改正――である。

ポイントは(3)と(4)だ。これまで水道事業の民間委託は終末処理など一部に限定されてきた。これを施設所有権は地方公共団体等に残すものの、水源地管理から末端水道まで集金を含む運営管理を全面的に民間業者に委託することが出来るようになる。これにより地方公共団体等は運営権を民間業者に売却することで、水道事業による過去の累積赤字を解消できる。民間業者は運営権を担保に必要資金を調達できるというメリットがある、とされている。

高い水道水が使えずコレラ感染も

1980年代、先鞭を切って民営化に踏み切った英国では断水・漏水事故の減少といった成果を生んだとされている。一方で民営会社は限度一杯の値上げを繰り返すから、行政当局が強制値下げ命令を出したものの20年間で料金が45パーセント上がった。寡占企業による長期契約なので、巨額の違約金支払いを求められるため介入には限界がある。行政介入が行われなかった仏パリ市の場合は、24年間で料金が4倍に、ドイツのベルリン市でも3倍以上となった。南アフリカでは貧困家庭1000万人以上が高騰する水道代金を払えずコレラ感染が広がり大問題となった。

この結果、経済性だけでなく水源管理の安全性や事業ノウハウ確保からパリ市、ベルリン市など再公営化に戻る自治体が続出しており2014年のデータでは、35か国、180の自治体で再公営化が進んでいる。

国連の推定では世界の水ビジネスは、2030年代には100兆円台に達するとみられる。問題は、この市場が英、仏、米、イスラエルなど大手企業、通称「ウォーター・バロンズ」に握られていることだ。すでに法改正を見据え「ウォーター・バロン」各社は、有力閣僚も取り込み日本での営業活動を活発化させている。

種子法改正案は、今年4月から施行された。「これまで国が管理してきたコメ、麦などの品種維持、改良の仕組みが民間の開発意欲を阻害している」として「種子は公共の資産」から使用にはロイヤリティーを払う「商品」に代わるという大転換がはかられた。

龍谷大の西川芳昭教授は、「先に自由化された野菜の分野では、圧倒的な技術力と資本を持つ多国籍企業が世界シェアを拡大している。日本では今、消費者の好みに合わせ約300品種ものコメが作られているが淘汰されてゆくだろう」と言う。

「種子が消えれば食料が消える。そして君も」――。スウェーデンに伝わる古いことわざをかみしめる時だろう。