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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

使える核の恐怖2018.3.1

-各近代化で先手を取ったのは中露-

米トランプ政権が2月に発表した「核戦略見直し」(NPR)に対する国内の評価は、誠に厳しいものがある。典型的なのは2月4日付朝日新聞社説だ。

「歴史に逆行する愚考」と題した社説は、「他を圧する核戦力によってのみ自国の安全が確保できるという発想は、時代錯誤もはなはだしい」とし、「使いやすい核を持てば相手国が怯えて、抑止力が高まるという考え方は、理性を失ったかのようだ」と決めつけている。この前提には、「米国と旧ソ連が不毛な軍拡核競争に陥った冷戦時代は過去のものだ」(同社説)という歴史認識があり、同時に「北朝鮮の核を含む不安定な世界の平和を支えているのは理性だ」という独自の信念があるようだ。

核戦略見直しを評価した河野外相に対しても、「唯一の核被爆国の外相として恥ずかしい」という批判が殺到しているという。核廃絶を願う声が世界、特に日本で高いことは当然だし理解できる。ただ、核戦略見直しが何故必要となったのかについては、冷静に考えてみる必要がある。

2015年3月、プーチンロシア大統領は、テレビの全国放送で、「ロシアはクリミア半島情勢が思わしくない方向に推移した場合に備えており、核戦力に臨戦態勢を取らせることも検討した」と述べた。つまりロシアの死活的利益を守るためには非核国家に対しても核を使う構えを示した。

その一週間後、デンマーク駐在のワニン露大使は、「デンマークがNATOミサイル防衛の一環として高性能レーダー搭載艦船を派遣するならばデンマーク艦船はロシア核ミサイルの標的となる」と、文字通り恫喝した。さらにロシア軍は、バルト海に面したカーリングランドンに中距離核を配備した。

これを受けノルウェー、デンマーク海軍は対潜水艦作戦能力の近代化に着手。スウェーデンは、今年1月から徴兵制を復活、毎年4千人を兵役に就かせる。同時にバルト海の要衝、ゴトランド島に部隊を再配置した。これらのコストは4兆円に上るという。1月21日付の当コラムでも書いたが冷戦は過去のものではない。より複雑な新冷戦が進行中だ。

他方、アジアでは中国が1964年10月の初核実験以来、内外に宣明してきた核先制不使用方針の見直しを行っている。これは、当時の周恩来首相名で出されたもの。「中国はいかなる時にもいかなる状況においても核兵器を先に使用することはないことを厳粛に宣言する」という内容だった。踏襲されてきた原則が2013年版の国防白書から消えた。

核戦力近代化なくして核抑止は効かない  

今回の核戦略見直しで具体的に提言されているのは(1)低威力核弾頭の開発(2)この弾頭を搭載した潜水艦発射ミサイル、艦船用巡航ミサイルの開発である。かつて旧ソ連の戦域核ミサイルSS20に対し米国は、より高性能な中距離ミサイルを開発した。戦域核に戦略核で対抗すれば全面核戦争は避けられない。対等な兵器を用意した上で両方の廃棄に持ち込み、同盟国への脅威を除去した。

オバマ政権が「新規核開発は行わない」と昼寝を決め込んだ8年間、ロシア、中国の核戦力小型化、近代化が進み、北朝鮮は我が物顔に「核大国」を誇示するまでに増長した。「見直し」は、このような核バランスを取り戻そうとする努力だから日本以外の米同盟国から批判が出ていないのも当然と言える。

確かに「使える核を持つ」ことは危険だ。しかし、「同盟国に使っても米国の核報復はない」との誤解を露、中、北朝鮮に与えることはより危険ではないか。見直しは、根拠のない願望の表明ではなく、現実に立脚して行われたのだ。