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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

地球の肺が燃えている?2019.11.21

-アマゾンの熱帯雨林で進む乱開発-

世界中で森林火災が頻発している。米カリフォルニア州の山火事ではワイン産地のソノマ郡で18万人に避難命令が出た。ロサンゼルスのビバリーヒルズに近接する地域も猛火に包まれ、歌手のニール・ヤング氏など有名人の邸宅が何棟も被災した。

オーストラリア東部でも11月、森林火災が広がり最大の都市シドニーに迫ったため、6年ぶりの「非常事態」宣言が出た。 

この夏は各地で観測史上最高の猛暑となり、干ばつによる乾燥が重なって火が出やすくなった。火事の原因の半分が落雷など自然現象、残り半分が焚火の不始末など過失である。

しかし、今年の特徴は寒いはずの北極圏で火災が相次いだことだ。グリーンランドやシベリア、アラスカ、カナダの火災を合計すると6月以来、4700件以上に上り、焼失面積は8万3000平方キロメートルに上る。これは北海道の面積に等しい。専門家は「前例のない異常事態」と危機感をあらわにした。

科学的に立証されたわけではないが、やはり温暖化が関係していると見られる。雪や氷が減って地面が暖められた結果、昨今のアラスカでは気温が摂氏32度に達する日もある。地表の苔類や泥炭も乾燥し格好の燃料となっている。シベリアでは永久凍土地帯で火災があると、地中のメタンガスが溶け出して一気に温暖化が加速される恐れがある。

しかし、今回注目したい火災はブラジルのアマゾン熱帯雨林の火災である。これは温暖化と関係ない。ブラジル当局によれば、今年は13万1600件もの森林火災が発生した。前年は約4万件だから、すでにその3倍以上だ。焼失面積は約4万3000平方キロメートルと言うから九州より広い。

フランスのマクロン大統領はツイッターで「私たちの家が燃えている。地球の酸素の20パーセントを供給し、地球の肺であるアマゾンが燃えている」とツイートした。そしてフランスが議長となった8月末の先進7か国首脳会議(G7)で、アマゾンの火災鎮圧のためG7が合わせて2000万ドル(約21億円)の支援を取りまとめた。しかし、「ブラジルのトランプ」と言われるボルソナロ大統領は気分を害したらしい。「ブラジルをG7の植民地扱いするな」と拒否、側近の官房長官は「ノートルダム寺院を焼いてしまった国が偉そうなことを言うな」と反発した。

ボルソナロ大統領は2018年の大統領選でアマゾンを「重要な経済資源」と位置づけ、森林開発を積極的に進めると公約して当選した。ブラジルでは法でアマゾンの熱帯雨林の伐採を禁じているが、実際は大豆畑などにするため森林を焼き払う行為が後を絶たなかった。ボルソロナ大統領の登場でこれに拍車がかかり人為的な森林火災が続々と発生するに至った。「カネがない」と言うのを口実に、森林を焼き払うのを見て見ぬ振りである。

ブラジルのアマゾン乱開発には、実は日本も多少の責任がある。ブラジルは北半分が熱帯雨林、その南側にセハードと呼ばれる広大な草地ないし荒地が広がっている。日本の国際協力機構(JICA)が中心になってこのセハードを飼料用の大豆畑にかえる大規模開発を進めてきた。その甲斐あって「不毛の大地を緑の穀倉地帯に変えた奇跡の成功プロジェクト」と自賛する成功を収めたが、大豆畑はアマゾン地域をも侵食しているのだ。

もっともアマゾンの密林を焼き払う目的は今日ではもっぱら牧草地にするためだ。ブラジルでは食肉生産が伸びている。牛肉輸出業協会によると、ブラジルの牛肉輸出量は2018年、164万トンで世界1位となった。輸出量そして輸出額ともこの20年で10倍の増加だ。輸出先は中国やエジプト、欧州連合(EU)である。ブラジルの命綱の一つが牛肉輸出だ。アマゾンの保護は二の次である。

つまり、大豆と食肉生産がアマゾンの危機の原因。人が牛肉を食うのを控えない限り、アマゾンの環境破壊は止まらないだろう。