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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

相次ぐ暗号資産の崩壊
-超金融緩和のアダ花が散った-2022.12.21

「円は暴落する。持っているお金は全部、ドルに替えなさい。おすすめはドル建MMF」。何年も前からそう言い続けてきた友人がいる。著名な投資のプロである。それに従った人は円が150円に下落する中で、ずいぶん儲けたことだろう。

問題は円安が一服した今も、ドルを買う(円を売る)かである。彼は意見を変えていない。では、アドバイスに従って円売りを継続すべきなのか。私には判断がつかない。ただ、彼のもう一つのアドバイスは「大外れ」だった。それは言っておくべきかもしれない。

何かというと「暗号資産(仮想通貨)を買え」である。代表的な暗号資産といえば「ビットコイン」であるが、2021年11月の1ビットコイン=740万円を高値に下落して今、240万円である。その間、乱高下しているから儲けるチャンスもあったかもしれないが、大概はひどい目に遭っているだろう。

22年は暗号資産の世界が「リーマンショック」級の打撃を受けた年となった。暗号資産は冬の時代に突入したと言って良い。国際決済銀行(BIS)のレポートでは暗号資産投資をした人の4分の3が損した年だったらしい。

今年5月以降、「テラ」「セルシウス」「FTX」と暗号資産大手が相次いで瓦解した。いずれも乱高下するビットコインとは違って、価値が安定していることがウリの「ステーブル・コイン(安定通貨)」だったのに。

安定させる仕組みは「裏付け資産として法定通貨を持つ」などさまざまだが、それがなんであれ、いったん「信用」が失われれば法定通貨ですら終わりだ。まして暗号資産など一瞬である。「安定」などマネーの世界では幻想なのだ。

今回のショックで最大だったのはFTX事件だ。米国の名門大学MIT出身のサム・バンクマンフリードという30歳の若者が17年に始めた暗号資産事業である。天才と言われ今年3月末の彼の個人資産総額は260億ドル(約3兆5000億円)にのぼった。12月に逃亡先のバハマで逮捕され、記者に「今持っているのは預金10万ドル(1350万円)とクレジットカード1枚」と答えたそうだが、私は信じない。どこかに大金を隠したに決まっている。

破綻の原因は煎じ詰めれば運用の失敗だが、11月初めに競争相手に行き詰まりをバラされて、取り付けが起きた。この事件で投資家の被害は110億ドル(約1兆4800億円)にのぼる。

マネーのデジタル化は決済の迅速化などメリットも多いのである。

日本銀行を含め各国中央銀行が「中央銀行デジタル通貨」の実用化を目指しているのはそのためだ。しかし、もてはやされてきた暗号資産はそれとは別物だ。国家や銀行などの監視が及ばない仕組みであることが、その本質だ。

ネット上で非課税の値上がり益を追求できるギャンブルの場、そうでなければ、脱税やマネーロンダリング、麻薬や武器などの非合法取引の場であった。日本政府は暗号資産の取引業者に対し、ロシアや北朝鮮が制裁逃れに暗号資産を利用することがないよう警告した。そういう事実があったのであろう。

しかし、そこになぜあれほどのお金が集まったのか。世界的な大金融緩和でどの国も超低金利。行き場を失ったカネが暗号資産という鉄火場に流れ込んだのである(金融市場の「賢人」として知られる大富豪のウォーレン・バフェットは暗号資産を「さっざいの2乗」の毒性があると警告した)。

つまり、暗号資産の値上がりは超金融緩和によるバブルのアダ花でしかなかったのだ。

インフレ懸念で金融引き締めに政策転換されて、バブルは弾けるほかなかった。

国家と無関係の通貨を作り出したい、究極の自由主義者・リバタリアンの見はてぬ夢が暗号資産である。ほとんど実現したかに見えたが、今回、頓挫したのは明らかだ。

しかし、滅んだわけではない。ほらメールやラインで勧誘がきているでしょう?

「ここまで下がれば、そろそろ暗号資産の買い場ですよ」。