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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

急騰する石油、ガス価格
-二酸化炭素ゼロ政策が犯人?-2021.11.01

ガソリン代が7年ぶりの高値になった。年初、1リットル平均136円だったのが、10月に164円と28円も上がっている。電気代も上昇した。平均世帯で今年1月は6317円だったのが、11月は7371円になる。1054円の負担増。

これは原油、天然ガス、石炭などの国際市況が急騰したためだ。だから、欧米でも値上がりラッシュである。スペインやドイツなどでは、9月の電気料金が過去2年間の平均価格の3〜4倍に跳ね上がった。国際エネルギー機関(IEA)は「欧州の電力価格は過去10年間で最も高い水準」という。

車がないと生活できない米国ではガソリン価格が市民の最関心事項だが、1ガロン(3.8リットル)3ドルを超えた。この水準だと有権者から議員に苦情が殺到する。

ではその元凶の原油価格を見てみよう。ニューヨーク市場の原油先物は7年ぶりの高値となる84ドル台。1年前は38ドル近辺だったから2倍に跳ね上がったわけだ。

天然ガスはもっとひどいことになっている。欧州のガス市場では2021年9月、1000立方メートル当たり初めて1000ドルを超え史上最高値をつけた。ついでに石炭価格にも触れておくと、この1年で3.5倍になってこれも史上最高値だ。

英国は悪条件が重なった。EU離脱で大陸からガソリンタンク車の運転手が働きに来られなくなり、元売りが小売スタンドにガソリンを充填できなくなった。開いているガソリンスタンドにはドライバーの長蛇の列ができた。

どうしてこういうことになったのか。「ははあ、アレだな」と思った読者が多いのではないか。いま流行りの「カーボン・ニュートラル」つまり2050年二酸化炭素排出ゼロの環境政策だ。

2019年にまず英国が言い出して、欧州諸国が追随。そしてわが日本も昨秋、菅義偉首相(当時)が国連で表明、米国もバイデン新大統領が採用し、世界を席巻することになった。なんと中国まで10年遅れだが2060年にはゼロだという。

というわけで、世界中がにわかに再生エネルギーに突っ込んで、在来型の石油や天然ガス開発から手を引いた。その結果、需給が逼迫(ひっぱく)して価格高騰に至った――ということか? 結論から言えば、そうではない。

もとをたどれば2014年の中国の経済失速(正確には懸念)である。これを契機に世界景気が落ち込んだ。それまで1バレル(159リットル)100ドルもしていた原油が、OPEC+1(石油輸出国機構とロシア)が協調減産しなかったこともあって半値に下落した。

石油やガスは何もしないと油井が枯れる。投資を継続して井戸の寿命を伸ばしたり新規に掘削しないと産出量を維持できない。ところが2015年以降、投資が半分から6割減となった。その影響は5年後に表れるといわれた。幸いというかコロナ禍による需要減で、価格は落ち着いていた。コロナ禍の重しが取れたので、品不足、価格急騰が起きるべくして起きたのである。つまり、カーボン・ニュートラル政策は直接には、今回の事態に関係はない。

しかし、カーボン・ニュートラルは化石燃料をやめようという話である。石油や天然ガス投資はするなという政策である。するとますますガソリン代や電気代が上がって困る。ではカーボン・ニュートラルもいい加減にしよう。そういう風になって不思議でない。でしょう? ところが、そうはならない。

なんと英国の『エコノミスト』誌は「供給不足は一時的、脱炭素急げ」という社説を掲げている。そしてさらに驚くべきことに、IEAは「今後石油を含む化石燃料の新規投資は全く必要ない」「2035年以降ガソリン車の販売はない」という指針を発表した。

IEAというのはOPECの石油禁輸に対抗してできた先進国の機関。つまるところ国際石油資本の手先だ。それが「石油はもういらない」というのだ。電気代やガソリン代が高騰しようが知ったことではない。緑のエネルギー革命に突き進め!である。環境原理主義がもはや世界のデファクト(事実上の標準)となった。いいんですかね。これで。