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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

卯年の日本は「跳ねる」か?
-岸田首相の「開き直り」次第-2023.01.21

『鬼平犯科帳』の作家、池波正太郎はグルメでもあった。と言ってもこの人の好みはミシュランに出てくるような気取った料理ではなく、庶民のご馳走といったようなものである。小学校を出てすぐ兜町の株屋に奉公に出て、そこで下町の小料理屋や洋食店で美味いものを楽しむことを覚えた。

高給だったわけではない。今は禁止されているが、戦前の兜町では証券会社の社員が「手張り」した。顧客の注文に自分の資金を上乗せして発注する。むろんそうすれば必ずもうかるというものではない。池波少年は「勝ち馬につく」術を心得ていたのだろう。チップなどを貯めて小さな相場を張り、それで小金を稼いで美味いものを食った。それが小説で生きている。池波ファンの誰もが作中の食い物がどれも美味そうで涎が出てくるという。

池波正太郎が株屋の店員だった頃の話を始めたのに深い理由はない。新年の株価見通しを考えていたら、「卯年は跳ねる」という相場の格言が目についた。正月休みに『鬼平』を読んでいたこともあって、連想が及んだ。

今どき干支で相場を占うものなどいない。しかし、まあ「跳ねる」ワケを聞いてみるのも一興だろう。

野村證券によれば、この100年で1927…2011と卯年が8回あったが、そのうち5回、年末比で株価が上がったそうだ。打率6割2分5厘だから素晴らしい、とはしゃぐムキがいるらしい。しかし、ほかの干支はもっと成績が良くて、卯年は巳年と共に7位タイ。悪くはないがよくもない。

真面目にマクロの経済見通しを見てみよう。国際通貨基金(IMF)によると、今年2023年の日本の実質国内総生産(GDP)の伸び率は1.6%の見通しだ。22年は1.7%だから少し減速。しかし、実は主要7か国(G7)で最も高いのだそうだ。ちなみに米1.0%、英0.3%、仏0.7%、加1.5%、独伊はマイナスである。日本に比べ主要国は物価とエネルギー価格の高騰の影響がきついという。

海外では日本が案外見直されているらしい。『週刊エコノミスト』で竹中平蔵氏が言っていた。「先日参加したロンドンの会合で、参加者から『日本はスリーピングビューティー(眠れる森の美女)』と言われた」。竹中氏によれば岸田文雄首相の舵取り次第で眠れる美女が目覚める可能性があるという。

それはまた、思いがけない話である。そういえば慶應大学の小幡績准教授も岸田首相への期待を書いている。「開き直った岸田文雄が日本を救う」と。開き直りとは第一に原発の再稼働、耐用年数延長、新設を打ち出したこと。二つ目は防衛費3%の財源は増税で賄うという方針の表明である。なるほど。まだ方針に過ぎないとはいうものの、煮え切らなかった岸田首相が動き出した。

岸田首相はこれまで、安倍晋三前首相の経済政策・アベノミクスを批判することを控えてきた。その結果、自縄自縛に陥った。高々と「新しい資本主義」を掲げてみせたが、アベノミクスと整合させようとして迷路に入り込み、身動きが取れなくなっていた。今のままではジリ貧であり、23年の展望はアベノミクスから脱却して初めて見えてくる。原発、財源問題で首相はその一歩を踏み出したと見ることができる。

その意味で重要なのは金融政策だ。黒田東彦日銀総裁による異常な金融緩和は、海外ファンドによる円の売り浴びせなど見ても分かるとおり、維持不可能になってきている。黒田氏は4月8日に任期切れを迎える。首相はそろそろ新総裁を指名しなければならない。最有力候補は雨宮正佳副総裁、それに次いで中曽宏前日銀副総裁と言われているが、誰がなっても政策転換には大きなリスクが伴う。間違えれば円売り、株売り、国債売りの「日本売り」だ。アベノミクス・クロダノミクスの後始末をうまくやらないと、ウサギは跳ねそこない、眠れる森の美女も目を覚まさないだろう。