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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ドイツは再び「欧州の病人」?
ーやりすぎだった中ロ傾斜ー2023.09.21

サッカーのドイツ戦。日本代表が4―1で完勝だ。昨年のカタールでの試合に続く2連勝。いや、日本は強くなった。それはそうなのだが、最近のドイツはヘンだ。でしょう?だが、変調なのはサッカーだけではない。経済もそう。ドイツは再び「欧州の病人」になりそうだという。

「再び」というのは90年代にもそう言われたからである。その理由は90年の東西ドイツの統一コストが重かったからだ。貧乏だった旧東ドイツの市民が食っていけるよう財政・金融の両面で手厚く支援した。その負担で財政赤字が膨らみインフレが進み、失業率は2ケタに上昇した。

これを救った名医がシュレーダー首相だ。現在は極端な親露派として悪評サクサクだが、首相時代には労働市場改革を断行するなどしてドイツ経済の競争力を回復することに成功した。ロシアに接近し海底パイプライン・ノルドストリームの敷設を決めたのがシュレーダー氏だ。

21世紀に入ると、「独り勝ちのドイツ」と羨ましがられるまでになった。メルケル政権の時代である。そうなったワケは二つ。一つは欧州共通通貨ユーロがドイツの競争力に比して極端に安く設定されたためだ。世界最高水準の技術力なのに、めちゃくちゃ安い通貨。これを武器に世界中に輸出を伸ばした。

それに加えてロシアと中国への傾斜。米国の反対を押し切りシュレーダー氏を使って天然ガスと石油のロシア依存を急速に強めた。安価なエネルギーを安定的に確保できるようになった。そして中国。メルケル首相がセールス部隊の先頭に立ってドイツ製品を売り込んだ。

この結果、ドイツの国内総生産(GDP)は順調に伸び、近々、日本を上回ると言われる。日本は1968年に当時の西ドイツを抜いて世界2位に躍り出た。「世界第2の経済大国」は長く日本の誇りの根拠だったが、2010年に中国に抜かれて世界3位に転落した。そして抜いたはずのドイツに抜き返されそうな雲行きだ。

という次第で順風満帆だったドイツだが息切れが目立つ。さまざまな経済指標でドイツの景気後退がはっきりしつつある。IMFによれば23年のドイツの成長率はマイナス0.3%と、主要7か国(G7)で唯一マイナス成長になる見通しだ。そして今後5年間、成長率は米、英、仏、スペインの後塵を拝することになるという。

厄介なのはこれが循環的なものでなく、構造問題である点だ。90年代の苦境を救ったのはロシアからの安価なエネルギーだったが、ウクライナ戦争で途絶してしまった。ロシアへの依存度は一時、天然ガスで55%、原油の34%を占めていたから穴埋めは容易でない。しかもドイツは原発を全部止めてしまった。中東や北欧から天然ガスをかき集めているがエネルギーコストは上昇し、国富が流出し続けている。

頭が痛いのは対中政策だ。ドイツのショルツ政権はこれまでの中国への急傾斜を見直し始めている。中国はドイツのドル箱だったが、ここにきてドイツの持ち出しになっている。22年のドイツの対中輸出は僅か3.1%増にとどまる一方、輸入は33.6%増。1000億ユーロ(約16兆円)に迫る貿易赤字を抱えることになった。

電気自動車(EV)では中国勢が急伸しフォルクスワーゲンを筆頭とするドイツ車のシェアを奪っている。ドイツ情報部は最近、中国を「経済・科学面でのスパイ活動と対独直接投資に関する最大の脅威」と位置づけ警戒感を強めている。つまるところ、「世界に冠たるドイツ」の復活を演出した「中露傾斜」が裏目に出ている。そしてドイツにも少子高齢化の波が迫っている。労働力不足が顕在化し始めており、ドイツから活気を奪っている。

というわけで日独のGDP3位争いの行方も混沌としてきた。IMFによれば23年は日本4409、ドイツ4308(単位10億ドル)。サッカーほど面白くはないが、これも要注目である。