警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

株主第一主義をやめる?2019.9.21

-米国企業が変わるってほんとかね-

米国の「ビジネス・ラウンド・テーブル」は、日本でいうと経団連に相当する。大企業約200社のCEO(最高経営責任者)がメンバー。アマゾン、アップルなどのハイテク企業からボーイング、GMなど重厚長大産業、さらにウォルマート、エクソン・モービルなどの有名企業を網羅する。議長は現在、JPモルガン・チェース銀行のジェイミー・ダイモンである。

そこが8月に声明を出した。表題を直訳すれば「ビジネス・ラウンド・テーブルは企業の目的を定義し直し、すべてのアメリカ人のための経済をめざす」である。要約すればこれまでの「株主第一主義」を見直し、従業員や取引先、地域社会、地球環境などにも配慮していきたい、ということらしい。ずいぶん殊勝なお考えだが、本気かね?

米国企業に株主第一主義を浸透させるに大功があったのは、ノーベル賞受賞の経済学者、反ケインズ経済学の総本山シカゴ大学のミルトン・フリードマンだ。徹底した自由主義・市場主義者である。彼はこう言っている。「企業が果たすべき唯一無二の社会的責任は、利益を増大すべく資源を使用し、事業活動に従事することだ」。株主第一の資本主義こそ米国を繁栄させ、ひいては国民の福利を向上させると言う思想である。

フリードマンはニクソン大統領さらにはレーガン大統領の経済指南役として、市場主義を徹底させた。その結果、米国では企業の価値は発行株式の時価総額だという考えが普及し、したがって経営者が目指すべきは株価の上昇ということになった。

経営者や従業員への報酬にストック・オプションが用いられるようになったのも、この傾向に拍車をかけた。さまざまなやり方があるが、例えば株価が現状1000ドルのとき、その価格で10万株の購入権を与える。ただし条件があり株価が1200ドル以上にならないと売却できない。それも4年を過ぎると失効する、といった類だ。

そりゃあ、何十億円が手に入るかパーになるかの勝負だから、必死で株価を上げようとしますわね。

それだけでなく、株価が高いと良い人材が集まる、株式市場から安いコストで資金調達できる、企業買収されにくくなる、逆に株式交換でM&Aがしやすくなる、など経営戦略の自由度が高まる。

株価を上げるのに手っ取り早いのが利益で自社株を買って需給をタイトにする方法だ。従業員への給料は後回し。おかげで米国企業の労働分配率は(他の先進国もそうだが)下がる一方である。

というわけで、米国企業のトップとヒラの収入格差は開く一方。米大企業350社のCEOの平均報酬は1630万ドル(約18億円)でヒラの300倍だ。株主は株高で資産価値が上昇して自分も大儲けだから、経営者のべらぼうな高給にも目をつむる。

しかし、ビジネス・ラウンド・テーブルの面々は、行く手に嵐の予兆を感じたらしい。米国社会の分断が予想以上に深刻になり、過激思想が広がっている。2011年の「ウォール街を占拠せよ」が走りだが、間近に迫った大統領選の民主党候補で有力なのはどれもこれも大衆迎合のポピュリストぞろいだ。それより何より、共和党も変質し、トランプのような資本主義の鬼っ子が天下を取ってしまった。不健康である。

しかし「全てのアメリカ人のための経済」って何だ? ヒラの給料をドンと上げるのか? アップルやマイクロソフトを筆頭に多くの大企業が租税回避地を使って米国への納税をケチっているが、それをやめるのか? 米国で子供の肥満が増えて糖尿病になっているが、飲料メーカーは砂糖漬け飲料の製造をやめるのか?

件の声明には何も具体策が書いていない。とても本気とは思えない。