潮田道夫の複眼時評
潮田道夫 プロフィール |
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。 |
「新しい資本主義」ってナンだ?
-封印されたアベノミクス批判-2022.05.21
やはりよく分からない。岸田文雄首相の「新しい資本主義」のことである。首相は欧州歴訪の途中、英国ロンドンの金融街シティで演説した。少しは分かりやすくなったかと期待したが、やはりどこかもどかしい。
ともあれ、シティで何を語ったか。
「私が提唱する経済政策、特に『新しい資本主義』について話したい。私からのメッセージはひとつだ。日本経済はこれからも力強く成長を続ける。安心して日本に投資してほしい。インベスト・イン・キシダ(岸田に投資せよ)だ」
これは安倍晋三元首相の真似だ。安倍さんは2013年、ニューヨークの証券取引所で演説し「バイ・マイ・アベノミクス」(アベノミクスは買いだ)とやって大ウケした。
首相によれば、新しい資本主義とは一言でいえば「資本主義のバージョンアップ」である。それが必要なのは、第一に格差の拡大、地球温暖化、都市問題など「グローバル資本主義」の歪みに対応する必要があり、第二に権威主義的国家(中国)からの挑戦に勝たなければならないからだ、という。
ではどのようなバージョンアップが必要なのか、首相は縷々語るのであるが、今ひとつピンとこない。理由は「新しい資本主義」の核心であったはずの「格差是正」がボヤけたところにあると思われる。いや、ボヤけたのではなく、多分、意図的に立ち位置をずらしている。それが新しい資本主義を分かりにくくしている原因だと思う。
昨年12月の国会における所信表明演説では格差是正を割合クリアに打ち出している。
「市場に依存し過ぎたことで、格差や貧困が拡大し」「世界では、弊害を是正しながら、更に力強く成長するための、新たな資本主義モデルの模索が始まっています」「我が国としても、成長も、分配も実現する『新しい資本主義』を具体化します」と述べていることから明らかだ。つまり新自由主義的な経済運営に対する批判が出発点だった。あからさまに言えばアベノミクス批判である。
文藝春秋の2月号に「分かりにくい」批判に答える岸田論文が掲載されている。そこの眼目も新自由主義批判だ。
「市場や競争に任せれば全てがうまくいくという考え方が新自由主義ですが(略)他方で、新自由主義の広がりとともに資本主義のグローバル化が進むに伴い、弊害も顕著になってきました。市場に依存し過ぎたことで格差や貧困が拡大したこと、自然に負荷をかけ過ぎたことで気候変動問題が深刻化したことはその一例です。欧米諸国を中心に中間層の雇用が減少し、格差や貧困が拡大しました」
自民党総裁選の頃、岸田候補は「金融所得課税の見直し」に積極的だった。日本の申告所得者の所得税負担率は、所得が1億円でピークになり、なんとそれ以上の所得があると負担率が下がっていく。利子・配当・株式売却益など金融所得は20%の分離課税のため、金融所得の多い富裕層ほど優遇される。「1億円のカベ」として不公平批判が強い。
ところが、首相就任後、金融所得課税の見直しを一切口にしなくなった。党内から批判が強いからだ。それに実際、株価が下がった。同時に「分配」重視と見られることも警戒している気配だ。アベノミクスのトリクルダウン(富裕層が富めば余沢が貧者にも及ぶという理論)批判と見なされては政権運営に障りが出るからだろう。
それどころか、シティの演説ではなんと「資産所得倍増プラン」が飛び出した。日本人の金融資産はもっぱら銀行預金で、株を買わない。英米は株。結果としてこの20年で米国の金融資産は3倍、英国は2.3倍になったのに日本は1.4倍。首相は残念がって「貯蓄から投資」への移行を大胆に進めると表明した。格差是正と真逆の政策だ。
新しい資本主義の分かりにくさは、つまり安倍元首相に遠慮して、言いたいことを言わないことから生じている。これでキシダに投資してくれるだろうか?