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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

やってきた昆虫食の時代
-タンパク質不足の救世主?-2023.03.21

「世界で一番予約の取りにくいレストラン」はデンマークの首都コペンハーゲンの「ノーマ」だそうだ。2003年の開業。この業界では英国「レストラン」誌の番付が絶対だが、20年で5回も1位を獲得している。当然の事だが、ミシュランガイドでは最高位の3つ星評価だ。とにかく「実験的」「革新的」な料理なのが特徴だそうだ。

残念ながら今年いっぱいで店を閉めるそうである。しかし、そのノーマが3月15日〜5月20日の間「エースホテル京都」にやってくる。期間限定の引っ越し営業。「だったら行ってみよう」と思った方もいるだろう。ノーマで食事したことがないと、グルメ界ではモグリですからね。コース料理のみで775ユーロ+サービスチャージ10%、ざっと12万円だが、すでに予約完売で空席はない。

実はノーマは2015年にもホテル「マンダリン東京」で同様の試みをやっている。日本以外に台湾、シンガポール、豪州、湾岸諸国などからも予約客が詰め掛けたという。ノーマのシェフたちは「一口食べれば別世界」のショッキングな料理を目指し食材探しに日本中を駆け回った。その苦心・奮闘を描いた映画『ノーマ東京』の予告編をYouTubeで見られる。

衝撃の一品が「ants on a shrimp(アリをふりかけた小エビ)」だ。映画でもチラッと出てくるが、小エビに黒っぽいものがパラパラ散らしてある。味がどうだったか知らないが、実験的かつ革新的なのは確かだ。

実のところ、超一流レストランの相当数が昆虫を供している。例えば「イレブン・マディソンパーク」というニューヨークの高級レストランは、前菜にコオロギのクロケットやバッタのサラダ、主菜にはシロアリのグリルやイナゴのパスタなどを出す。美食の行き着く先はコオロギであったらしい。

というわけで、今回のテーマは昆虫食である。日本でも長野や岐阜ではイナゴの甘辛煮が名物であり、東南アジアにはカブトムシの幼虫を喜んで食べる国もある。昆虫食は人類にとって格段目新しいことではないが、ここにきて新たな意味合いが生じている。

国連世界食糧機関(FAO)は2013年、食料危機を解決するために昆虫食が有効との報告書をまとめた。例えば1キログラムの牛肉を生産するには、約2万5000リットルの水と、約10キログラムの穀物が必要だ。しかし、1キログラムのコオロギを生産するには、数百リットルの水と、約2キログラムの飼料や食品廃棄物で済む。経費も地球への負荷も段違いに小さい。

安全性をチェックしてきた欧州委員会はミールワーム(甲虫類の幼虫、芋虫のスリム版)、トノサマバッタ、コオロギなど4種類を食品として認めた。乾燥して粉にして使うのが主流で、2020年には徳島県の高校が給食にコオロギの粉でできたコロッケを出して話題になった。

私が個人的に注目しているのは高齢者向け昆虫食だ。国立健康・栄養研究所が行った調査によれば、日本の高齢者男性の半分以上がタンパク質摂取量で必要量を下回っている。女性でも30%以上。高齢者は筋肉量や筋力の低下によって身体機能が低下する「サルコペニア」症候群になりやすい。

昆虫食でそれが防げるかもしれない。現状では昆虫食の食材はまだ高い。生産量が小さいためだ。例えば日本で比較的簡単に入手できる中国イノセクト社の「コオロギの粉」はアマゾンで100グラム1197円もする。さりながら、普及すれば価格は加速度的に低下し、肉を下回るのは確実だ。

予想されたことだが、昆虫食への抵抗・反対・非難は小さくない。ミールワームなど見かけはミミズみたいだから仕方ないか。しかし、希望者に対し病院や各種介護施設でコオロギの粉入りのハンバーグが供されるようになるのは時間の問題ではないか。

東京の昆虫食レストランに日本橋馬喰町の「アントシカダ」という店があるそうだ。「コオロギラーメン」1000円が人気らしい。これから普通になる昆虫食になれるため、今度行ってみますかね。