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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

工程表なきCO2の46%削減
-実現できなければ罰金も⁉-2021.06.01

「できようができまいが目標は高いほどいい」という考え方がある。一方、「実現可能な範囲の目標を掲げるのがよい」という考えがある。みなさんはどちらだろう。日本という国は後者であった。国際社会に対してできそうもないことは言わない。しかし、いったん口にしたら完遂する。

話は温暖化ガスの削減目標だ。

4月の地球環境サミットで菅義偉首相は「温室効果ガスを2030年度までに13年度比46%削減する」と表明した。15年末のパリ協定では「26%」を目標に掲げた。これだってそう簡単な目標ではない。それをおよそ2倍にも引き上げるのだから、びっくりだ。

小泉進次郎環境相は46%という数字について「おぼろげながら浮かんできたんです、46という数字が。シルエットが浮かんできたんです」とすっとぼけたことを記者に言って失笑を買った。

この数字には根拠があると言えばあるのだ。温暖化問題を仕切るIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書によれば、50年に平均気温の上昇を1.5度以下に抑えるにはCO2排出をゼロにする必要がある。現在の排出量から2050年排出量ゼロへ直線を引けば、2030年までに排出量を2010年の水準から45%削減しないといけない。

日本はそれに1%おまけして46%減。これはIPCC理論に忠実な目標である。日本は環境問題に関して「目標は高ければ高いほどいい」路線に大転換したのだ。

さて、問題はできるかどうかだ。

経済産業省は2030年の電源構成を、原発20%、再生可能エネルギー30%後半にすることにしている。こうすると現在75%程度の火力発電の比率が50%程度に下がる。電力由来のCO2は現在の3分の2になる。実現できれば、これだけでパリ協定で約束したCO2の26%減が可能になる。

しかし、大問題がある。自公政権が原発の比率を20%にまで拡大できるのか? いま5、6%に過ぎないのである。原発問題から逃げまくっている自公政権にそれができるとは到底思えない。46%達成には、電力以外の部門で残りの20%分を減らす必要があるのだ。

全部を電気自動車(EV)に切り替え、プラスチックなどの化学製品の消費を全て止めてもまだ足りない(EV化すれば消費電力が増えるから、その分も何かで減らす必要がある)。政府は発電所が出すCO2を回収し地中に埋めるCCS手法も実現するはずだというが、「取らぬ狸の皮算用」になる恐れが強い。46%削減する工程表は何処にも存在しない。

CO2削減は目標が高いほど技術革新も起きて経済は伸びる。環境投資を経済発展の起爆剤と捉える「グリーン成長戦略」である。すでに先進国は温暖化ガスゼロに走り出した。日本が知らん顔すると不利益を被りかねない情勢だ。

たとえば温暖化ガス削減が進まない国の製品はボイコットしようという動きもある。トヨタの豊田章男社長は記者会見で「東北で作ったヤリスとフランスで作ったヤリス。同じ車であっても、(CO2排出量が多い)日本で作ったものは世界で買ってもらえなくなる」と警戒を露わにした。

欧州連合(EU)では炭素税とセットの「排出量取引」が導入されているが、先々、脱炭素が進んでいない企業などは、CO2排出枠を懲罰的に買わされる恐れだってある。外堀は埋められた。できるかどうか不明でも、46%減を掲げるしかなくなったのだ。

地球の平均気温が1.5度上がっても、実は欧州も日本も被害は知れている。困るのは熱帯地域だけ。IPCCがそう言っている。しかし、欧州は環境問題を競争力強化のチャンスとみているし、途上国は先進国からいかにカネを巻き上げるか算段に忙しい。温暖化ガス削減問題は、お人好しが損をする罰ゲームであることを、一瞬たりとも忘れてはならないのだ。