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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

迷走した日本のコロナ経済対策2020.4.21

―「アベノミクス」の罪は重い―

主要先進国が新型コロナの感染拡大による景気悪化に対応するため大盤振る舞いを始めた。

フェイスブックにドイツ在住の日本人、河内聡雄さんが書き込んだ。

「本日(4月7日)、妻が申請していたフリーランスへのコロナ給付金が振り込まれました!! なんと3か月分、まとめて9000ユーロ(約107万円)! 発表通りでした。1か月あたり3000ユーロ(約36万円)の緊急支援。先週インターネットで妻が申請、面倒な証明書類をいろいろ用意しなくても良くて、国籍問わず、迅速な対応で、即振り込みしていただきました」

「納税番号でひも付けられているので、虚偽記載があっても後で調べられるわけで、まずはとにかく、より多くの人を救済支援していくという政策なんだと思います。まさに緊急支援対応です」

ドイツのメルケル政権はこれまで新規の国債発行をゼロにしてきた。しかし今回、1560億ユーロ(約18兆円)の国債を発行、零細企業や個人事業主への支援に踏み込んだ。最大6000億ユーロの企業の債務保証、出資なども行う。対策の規模は国内総生産(GDP)の2割程度に達する。

ドイツは第1次世界大戦後、ハイパーインフレーションを経験し経済が破綻、ヒトラーの政権奪取を許してしまった。何しろコーヒー1杯=トランク1杯分の紙幣、薪1束=リヤカー1台の紙幣が必要だった。正月にパン1斤250マルクだったのが年末には3990億マルクになっていた。この過ちを2度と繰り返さないために、健全財政を貫く。これが戦後ドイツの国是だった。しかし、今回はまさに戦後最大の危機。全力で国民の生活を守る必要があった。

ドイツだけではない。欧州連合(EU)は「財政赤字を国内総生産(GDP)比で3パーセント以下に抑える」といった財政ルールを一時停止することを決定、フランスは450億ユーロ、イタリアは250億ユーロ規模で経済対策を進めることとした。また、米国も巨額の財政支出に踏み切った。家計への現金給付や中小企業の給与補助などに過去最大の2兆ドル(220兆円)規模の大型経済対策を決定した。

では、わが国はどうか。当初、事業規模108.2兆円の経済対策が打ち出された。安倍首相はGDPの2割を占める巨大な額であり主要国並みだと胸を張った。しかし、事業規模は政府が支出する額、いわゆる「真水」ではない。民間金融機関による融資額などの金融措置や、事業の民間負担分も含んでいる。真水はおよそ19兆円でこれはリーマンショックへの経済対策以下である。

レストランや飲み屋は閉店を迫られミュージシャンやパートのシングルマザーは収入の道を断たれた。必要なのはドイツのように間髪を入れぬ現金支給だが、政府は給付に四の五の条件をつけ、どうすればもらえるのか、みな途方に暮れた。もらえるのが確実なのは布製マスク2枚だけだ。

なぜこういうことになったのか。日本はこれまでばらまきを続けた結果、これ以上財政支出する余力に乏しい。米国も派手に財政赤字を出してきたが、それでも累積赤字は国内総生産(GDP)の107パーセントに留まっている。これに対して日本は240パーセント、とんでもない水準だ。太平洋戦争直後は220パーセントぐらいだったからそれより悪いのである。

日銀はアベノミクス・クロダノミクスにより国債を大量に買い上げ、国の資金繰りを助けてきた。違法行為すれすれの財政ファイナンス。そういう無理を続けた結果、日銀はいま、債務超過の寸前に追い込まれている。無茶は禁物、政府の国債増発が金融危機を引き起こしかねない状況なのである。

しかし、与党の突き上げで土壇場になって国民全員に一人10万円を支給することになった。「ケチで遅い」という国民の不満に与党が恐れをなした結果である。迷走に次ぐ迷走。総額12兆円もばらまいて国家財政は持つのか。アベノミクスの罪は重い。