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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

追い詰められた黒田日銀
-YCCの出口が見えない-2022.07.01

日本銀行の金融政策のことである。昔は簡単明瞭であった。景気が悪くなれば「公定歩合」という政策金利を下げた。景気が過熱してきたらこれを上げる。それだけ。

預金金利も貸出金利もこれに連動した時代である。よく効いた。金融記者の仕事はそれらしき雲行きになったら、日銀の幹部に「いつやるの?」「何パーセント?」と聞くだけだった。

今はそうはいかない。日銀のやっていることは素人にはチンプンカンプンである。たとえばいま「イールド・カーブ・コントロール(YCC)」をどうするかが大問題になっている。一歩間違えると金融恐慌さえ起きかねない局面なのだが、これを説明するには、新書一冊ほどの紙幅が必要である。しかし、まあ、やってみますか。

黒田東彦日銀総裁は2016年9月、YCCを始めた。「(1)短期金利(日銀当座預金の一部にかかる金利)をマイナス0.1%、(2)長期金利(10年物国債金利)はゼロ%程度を目標に誘導する」というものだ。

わかりにくいでしょう? (1)を説明するだけで80行ぐらい必要。だから目をつむって省略。(2)の長期金利の操作がこの政策のポイント。教科書には中央銀行には無理だと書いてある。日銀も昔はホームページに「できない」と書いていた(黒田総裁になってから消した)。世界のどの中央銀行もやっていないことをやるという。

そもそもは安倍晋三前首相ら「リフレ派」が、デフレ退治のために2%の物価目標を掲げたのに始まる。簡単なはずだった。銀行が保有する国債を日銀が無制限に買い入れ代わりに日銀券(お札)を渡す。お札があふれかえれば物価は上がるだろう。

国は国債を刷りまくる。銀行が買う。銀行が買った国債は1秒後に日銀が買う。これは事実上、日銀法が禁じる「国債ファイナンス」だと批判されているが、それはまた別の話。ともあれ、その結果、国債利回りは急降下。ゼロ、さらにはなんとマイナスの利回りになった。マイナスの利回り? つまり銀行は買うと損する国債を国から買う? アタマがおかしくなったのか。いやそうではない。日銀がその国債を銀行がもうかる利回り(値段)で買い直してくれるから心配ないのだ。

しかし、一般に銀行ビジネスは金利水準が高いほどもうかる。逆に言えば、長短金利がともにマイナスなどというのは最悪だ。体力のない地方金融機関の経営がおかしくなっていた。

YCCはだから、追い込まれた地方金融機関がもうかるように、日銀が金利を設定する政策だったのである。日銀は絶対認めないだろうが、そうなのだ。表向きの理由は「2%の物価目標の実現」。政策決定会合の度にそう言っている。

さて、ここからが本論。コロナ禍が一服し世界経済が動き始めた。さらにウクライナ戦争等々で先進国経済はインフレに襲われた。米国はこのため金利をどんどん上げている。欧州も追随。ところが日銀だけ政策不変、「YCCを続ける」といっている。海外金利が上昇するのに日本は超低金利。そのせいで一気に円安が進んだ。

海外のヘッジファンドなどは、円を売り浴びせている。1992年、英国のポンドがヘッジファンドの攻撃を受けた。英政府はポンド防衛に失敗しポンドは崩落。今、その日本版の戦いが起きている。

YCCを引っ込め金利上昇を容認すれば円安は止まるだろう。しかし、2%の物価上昇が実現していないのにYCCを止めれば、アベノミクスとクロダノミクスの完全敗北。政治責任が発生する。

そもそも、金利上昇ということは国債価格の下落ということであり、銀行危機が起きかねない。そして何より、既発国債の半分を買い込んでいる日銀は国債の評価損で「債務超過」になる。民間銀行なら間違いなく倒産だ。「中央銀行=国家。だから何も起きない」説と「日本売りが殺到」という説がある。しかし、このままYCCを続ければ円安はますます加速するだろう。出口なし。進むも地獄、退くも地獄である。