警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

プーチン大統領「リベラルは終わった」 2019.7.11

-G20とポチョムキン・デモクラシー-

大阪で開かれた主要20か国首脳会議(G20)は予想された通り格段の成果なしに終了した。

何しろ米国のトランプ大統領は通商ではアメリカ・ファーストの保護主義者だし、地球環境問題では温暖化人為説の否定論者である。保護主義の排撃と温暖化対策の強化を目指す今回のG20とは反対側の人物。大統領再選しか頭にないトランプ大統領を説得できるわけがなかった。

それより場外での動きが面白かった。会議後に韓国に向かったトランプ大統領が、板門店で北朝鮮の金正恩委員長と3回目の首脳会談をしたのが最大のサプライズだったが、これは当欄執筆のパートナー、河内孝さんの論評を待とう。

私はG20を前にロシアのプーチン大統領が英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで語った「リベラリズム(自由主義)の終わり」論を取り上げたい。

プーチン大統領は欧米で国家主義的なポピュリズム(大衆迎合主義)が勢力を伸ばしていることを強調し「自由主義はもはやイデオロギーとしての力を失った」と断言した。人々は移民や開かれた国境、多文化主義といった戦後西側の伝統的価値に背を向けるようになった。その結果「これまでの数十年と違い(リベラル派は)誰に対しても、何についても影響力を及ぼせなくなった」というのである。

2015年の欧州難民危機でドイツのメルケル首相が100万人以上の難民を受け入れたのは「重大な誤り」だと批判し、逆に不法移民や麻薬の流入を止めようとしているトランプ大統領を称賛した。

欧州連合(EU)のトゥスク大統領が早速、記者会見で「まったく同意できない」と反論した。「時代遅れなのは権威主義、個人崇拝、オリガルヒ(新興財閥)支配の方だ」として、プーチン長期政権のもと、一部の側近や新興財閥に権力や富が集中するロシアを皮肉った。

さて、どちらが正しいのであろうか。政治学では、貧しい中身を見せかけだけ整えた政治体制を「ポチョムキン・デモクラシー」と呼ぶ。エカテリーナ2世統治下の18世紀ロシアで、その寵臣ポチョムキンはクリミア開発にあたっていたが、皇帝が視察に来ることになった。そこでポチョムキンは、一行が視察する村を美しい張りぼてで飾り立て、自分の「偉業」を示そうとした。その故事に由来する。

プーチン大統領のロシアでは不正投票が横行し報道の自由も厳しく制限されている。そうしたことから、西側ではプーチン改革をポチョムキン・デモクラシーとし、そこにプーチン政治の限界を見る考え方が有力だ。

だが、ポチョムキン・デモクラシーはロシアに限ったことでなく、世界に広がっている。米ワシントンのNGOフリーダム・ハウスが発表した『民主主義は後退している――2019年世界の自由』によれば、冷戦終結後、劇的な民主化の波が世界に広がったが、05年から18年にかけ流れが反転し、政治的権利と市民の自由が後退した国は68か国、改善した国の50か国を上回る(日本の民主度は12位という)。

リベラルな寛容の精神は2008年の世界金融危機の後、プーチン大統領が指摘するように急速に力を失ってしまった。これは米国の経済学者、ローレンス・サマーズが示唆するように、世界が「長期停滞」の時代、つまりは資本主義の危機に突入したことと密接に関連していると思われる。リベラリズムではこの危機は克服できず、プーチンや習近平の独裁の方が有効なのかもしれない。プーチンはそこまで言っていないが、聞かれれば「そうだ」と答えたに違いない。