警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「プーチンの戦争」が始まった
-中国がじっと見つめる制裁効果-2022.03.11

ロシアのウクライナ侵略をめぐる情勢は流動的で先が見えない。ウクライナの不屈の抵抗に敬意を表しつつ、注目したことをいくつか挙げる。

まずは米上院議員(共和党、フロリダ州)のマルコ・ルビオ氏のツイッターである。彼は米国情報機関を監督する上院情報委員会に所属し公式に機密情報を得ている。

2月26日のツイッターで「情報をシェアできればと思うが、言えることは誰もが分かるようにプーチンはどこかヘンだということだ。彼が殺人者であるのは変わらないが、彼の問題は前と違う人間になった、それも激しく、ということだ。5年前と同じように反応すると考えれば間違うだろう」。つまり、精神に異常をきたしている可能性をほのめかした。

ブッシュ政権で国務長官を務めたロシアの専門家コンドリーザ・ライス氏もFOXニュースに「プーチン氏とは何度も会ったが以前の彼とは違う。不安定に見え、違う人物になってしまっている」。精神状態が疑われる指導者が核攻撃をちらつかせているのだからたまらない。

注目点の第2はプーチン大統領の「主権国家」についての異様な考え方だ。それが問題の根っこにある、という指摘。東大先端科学技術研究センター専任講師・小泉悠氏によれば、プーチン大統領は旧ソ連諸国を半ばロシアの「国内」として扱う。というのも彼にとって「主権」とは、ごく一部の大国のもので中小国は主権を保有しているとは言えないからだ。小泉悠氏の著書『「帝国」ロシアの地政学』に詳しい。

プーチン大統領にとっては日本もドイツも主権国家ではないらしい。2018年末の各国記者団との会見でプーチン大統領は日本の主権に疑問を呈した。ロシアが北方領土を日本に返した場合、米軍が基地を置くことを要求するかもしれない。それに対し「日本が決められるのか、日本がこの問題でどの程度主権を持っているのか分からないではないか」というのだ。

日本だけではない。17年には「ドイツは主権国家ではない」と言っている。ドイツは安全保障をNATOに依存しており、それゆえに同盟の盟主である米国によって主権を制限されているからだ(プーチン大統領によれば中国とインドは主権国家だそうである)。

第3は「半主権国」とみくびられたドイツの「覚醒」である。

ドイツはロシアに天然ガスの55%を依存するなどエネルギー供給を頼りきっている。その結果、ウクライナへの軍事支援は「ヘルメット5000個」に過ぎず、ウォールストリート・ジャーナル紙に「ドイツは信頼できる同盟国ではない」と書かれる始末だった。

しかし、それを一変させた。

ショルツ首相は1000基の対戦車兵器、500基の地対空ミサイル「スティンガー」をウクライナに早急に供与すると発表、国防費を従来の国内総生産(GDP)比1.5%から2%超に引き上げると表明した。13兆円を前倒し支出し、イスラエル製ドローンや米国のF35戦闘機などを購入する。

エネルギー政策も一変する。環境原理派「緑の党」もエネルギーのロシア離れのためロシアからのガスパイプライン「ノルドストリーム2」の停止、原発の運転延長、石炭火力発電全廃の見直しに賛成した。

最後に経済制裁の効果である。「経済制裁の核爆弾」と言われる国際銀行間通信協会(SWIFT)の決済網からのロシア締め出しが始まった。同時にG7中央銀行はロシア中央銀行との取引停止に踏み切った。ロシア通貨ルーブルが急落しているが、ロシアは通貨防衛ができなくなっている。カネが凍結されてしまっては身動きできずジリ貧だ。

金融制裁は逆にドル離れを加速しドルの覇権を弱めるという議論がある。中国共産党系の環球時報にもそういう論文が載ったばかりだ。しかし、実際に始まってみてその威力に最も恐怖しているのは中国ではないか。制裁で返り血を浴びても耐える。われわれは中国が見ていることを忘れてはならない。