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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「植田日銀」がスタート
-欧米は銀行倒産の暴風雨-2023.04.11

日本銀行の新体制がスタートした。総裁は植田和男イエール大学名誉教授、副総裁には内田真一理事と氷見野良三前金融庁長官を配した。植田氏は日本を代表する経済学者の一人であり、国際的にも評価が高い。内田氏は白川日銀時代以来、一貫して企画畑つまり金融政策の実務の中心にいた。氷見野氏は金融業界の監督・指導のプロ。安定感のある布陣といえるだろう。

しかし、前途は険しい。黒田東彦総裁が進めた超金融緩和(クロダノミクス)が行き詰まっている。軟着陸させなければいずれは「日本売り」に見舞われて、株安・債券安・円安のトリプル安だ。しかし、出口はどこにあるのか誰にも見えず、手探りで進むほかない。そして折もおり、世界的金融バブルの崩壊が始まってしまった。

まずは米国。3月10日、シリコンバレー銀行が突然、経営破綻。その2日後、暗号資産取引のシグネチャー銀行が倒産。さらに富裕層相手のファースト・リパブリック・バンクも経営危機に追い込まれた。

金融危機は欧州でも勃発、スイス2大銀行のひとつ、クレディ・スイス銀行が行き詰まった。スイス政府・中央銀行が走り回って3月19日、もう一つのスイスの大銀行UBSに買収させた。しかし、金融不安は続いている。植田日銀の仕事は格段に難しくなった。

まずはどうしてこんな金融危機が起きたかである。

背景にあるのは世界中の中央銀行がこの10年以上、金融緩和を続け、お金がジャブジャブの世界になったということである。金利を下げるだけでなく、中央銀行が直接、銀行から国債を買って長期金利(長期国債の利回り)を下げるという例のないこともやった。悪いことに、コロナ禍もあって政策転換が難しかった。

しかし、歪みはインフレという形で噴き出した。米国は40年ぶりのインフレだ。インフレ退治が政権の最大課題となり、ほぼ1年前からゼロ金利をやめ断続的に利上げを行ってきた。いま4%になったがインフレは治っていない。しかし、1年に4%も利上げしてタダで済むわけがない。バブルの崩壊である。欧州も同様。

欧米銀行の破綻はバブル崩壊で保有資産が下落し財務が悪化したためだ。「取り付け騒ぎ」も起きた。デジタル時代だからネットを通じて瞬時に預金が流出する。「危ない」と噂が立つと火消しが難しい。

例えばシリコンバレー銀行。あの電気自動車(EV)テスラ社の株価は2019年末に30ドルもしなかったのに、2年後の21年末は400ドルだ(現在は200ドル近辺)。バブルというほかない。その資金を受け入れて急成長したのがシリコンバレー銀行だが、預金の大半は証券で運用していた。だからバブルが崩壊すると巨額の含み損を抱えアッという間に経営が行き詰まった。

当局の対応は金融不安を鎮静化するため異例ずくめだ。米国の預金保険制度では1口座25万ドル(約3000万円)までしか保護しないはずが、「全額保護」である。そうしないと他の「危ない銀行」にも取り付け騒ぎが波及しそうだったからであろう。「禁じ手やむなし」の危機である。

スイスの場合も、国がUBSに「損はさせないから」と特典をつけてクレディ・スイスを救済させた。この国家処理の過程で、クレディ・スイスが発行した劣後債(AT1)を紙屑にした措置が問題だ。「債券は株より弁済順位が高い」。これは金融業界において不可侵の掟だったはずだが、それを当局が破った。よほど急いで処理する必要があったのだろう。

という次第であるから、一連の危機は米連邦準備制度理事会(FRB)が金融正常化、つまりは「バブルの後始末」に失敗したことを示している。バブルの崩壊過程はなお続いている。ということは、この先も行き詰まる銀行が出る可能性が高いということだ。

植田日銀も慎重にならざるを得ないが、正常化を遅らせれば遅らせるほど歪みもたまる。地雷原の真ん中での業務開始である。