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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

中東で「アメリカの時代」が終わった2019.12.11

-シェール革命の皮肉で危険な帰結-

米エネルギー情報局(EIA)の11月の発表によれば、2018年の原油生産量で米国が首位に立った。前年はロシア、サウジアラビアに次ぐ3位だったが、非在来型石油のシェール・オイル生産が伸びた結果である。そして、9月の原油・石油関連製品の貿易で70年ぶりに輸出超過となったという。つまり米国はついに石油の純輸出国になった。中東地域からの輸入は約40パーセントの減少を見せた。米国のエネルギーの中東依存が低下するなか、米国の中東政策に大きな影響を及ぼす可能性が論じられてきた。シェールオイル生産は当面、堅調という見方が一般的だ。であるとすれば、日本の安全保障にも良かれ悪しかれ大きな影響が出てくるのは避けられない。

グリーンスパン元米連邦準備制度理事会(FRB)議長が回顧録『動乱の時代』で「イラク戦争の主目的が石油だったのは周知のことだ」と述べているように、米国の中東政策は石油の安定確保を目的とした。

あの腰抜けと酷評されたカーター大統領でさえ、年頭一般教書で「ペルシャ湾地域を支配しようとする外部勢力のいかなる試みも、米国の死活的利益に対する攻撃とみなされる。このような攻撃は軍事力を含むいかなる必要な手段を用いてでも排除される」と言っているのだ。

米国の石油生産は1970年にピークアウトして減る一方だったが、2009年を底に急上昇して今日世界一に至った。この10年、シェール石油の採掘が本格化したからだ。イラク戦争の始まった2003年は「シェール革命」の初期で中東依存がこれほど低減するとは誰も予想できなかった。だからイラクを無力化する必要があると考えたのである。

エネルギー問題の権威のダニエル・ヤーギンは2012年、米国の中東依存が低下すれば米国がホルムズ海峡を守ることへの懐疑論が出てくると予言した。果たしてトランプ大統領は今年、「ホルムズ海峡での航行の自由の確保は私たちにはもはや必要がない」と言い放ち、「有志連合」によるシーレーンの安全確保を迫った。日本は米国とイランの板挟みになり、しかも憲法問題も絡んで困った揚げ句、有志連合には参加しないが護衛艦は派遣するという苦肉の策で切り抜けようとしている。

米国の中東政策の変化はそれまでもさまざまに起きていた。米国民にとって中東原油が死活的でなくなるのに伴い、米国世論は中東出兵を嫌がるようになっている。1991年湾岸戦争の反対は33パーセント、2001年アフガニスタン戦争の反対は14パーセント、2003年イラク戦争は37パーセントが反対だった。ところが、シリアのアサド政権が2013年、化学兵器を使用したのに対し、オバマ大統領が軍事制裁を行おうとしたが、反対が51パーセントで攻撃を断念せざるを得なくなっている。

そしてトランプ大統領はアフガンからの完全撤退に踏み出し、シリアからも撤退を表明した。後者はイスラム国退治の仲間、クルド武装勢力を使い捨てにするものとして、同盟国から「アメリカの信義」を疑われる始末だ。また、トランプ大統領はイスラエルの首都をエルサレムと認定し大使館の移転作業に入った。大統領選に有利と判断したからではあるが、もはや中東イスラム諸国の反発を気にする必要がなくなったことが根底にあるのだろう。

しかし、これは中東における「米国の時代の終わり」を意味してもいる。今年に入って5月、ホルムズ海峡でタンカー4隻が、6月にはさらに2隻が攻撃されたがイラン犯行説が有力。その直後、イランは1億3000万ドルの米国の無人偵察機を撃墜。7月には英国のタンカーと乗組員を拿捕。9月にはサウジ油田が攻撃され原油市場に激震が走ったが、直接か間接かはともかくイランの関与が確実視される。

米国が中東から直線的に足抜きするとは考えられないが、中東のパワーバランスは極めて不安定になった。その原因を探れば一端がシェール革命にあるのは間違いないだろう。