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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

インフレ時代がやってきた
-資源高不況にご用心-2022.01.01

ステルス(stealth)は英語で「見つからないように」「こっそり」という意味で、「ステルス戦闘機」など軍事用語でお馴染みだ。

しかし、最近マスコミで登場するのは「ステルス値上げ」だ。価格は元のままだが中身をこっそり減らしている。一袋20枚入っていたチョコレートがいつの間にか18枚入りになっていたとかである。某コンビニでは「近頃の弁当は上げ底がひどい」と客から苦情が絶えないらしい。

メーカーの言い分は「原料価格が急騰している。値上げしたいが売上が落ちるのが心配。やむを得ず中身を減らしている」というものだ。原料が値上がりした分、素直に小売価格を値上げすればいいはずだが、デフレが長く続いた日本では小売価格の引き上げは馴染みがなく、そっぽを向かれかねない。

しかし、インチキも限界。食品メーカーは22年1月あるいは2月から一斉に製品値上げに踏み切ると発表した。パン、パスタ、冷凍食品、ちくわ、かまぼこ、醤油、コーヒー、ジャム、マヨネーズ…。2桁値上げも少なくない。

状況を俯瞰すると、根本にあるのはエネルギー価格の上昇である。原油や天然ガス、石炭等の価格が急騰している。それに加えてコロナ禍で物流や労働力の移動に目詰まりも起きている。天候不順もあった。米中対立やロシアのウクライナ侵攻問題など地政学的緊張も影響している。

日本は小麦や大豆など、ほぼ全量を輸入に頼っているが、大豆の米国からの輸入船賃はここ1〜2年で10倍にも値上がりしている。魚介類の価格上昇は漁船の重油代が上がったのが響いている。食品のパッケージ類は石油が原料である。

この値上げラッシュは日本だけの問題でなく世界的現象であり、「デフレの時代」が終わっていよいよ「インフレの時代」が到来したのではないか、という見方が強まっている。

なにしろ米国の中央銀行・米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長がインフレの到来を認めたのだから。パウエル議長は物価上昇について聞かれるたびに「一過性」のものである、と言ってきた。それが11月30日の議会で「恐らくこの言葉(一過性)を使わないようにする良いタイミングがきたのである」と証言したのである。中央銀行マンは持って回った言い方をするものだが、これもその典型。

米国の消費者物価は2%ぐらいが常態である。それが4月ごろから5%台に跳ね上がった。それを「一時的」と言ってきたのだが、10月6.2%、11月6.8%になって「インフレは本物だ」とついに過ちを認めたのである。

その後の政策決定会合で2022年は3月で量的緩和をやめ、年内に3回利上げをすると表明した。つまり、インフレ退治に本格的に乗り出すというのである。

さて本邦はいかに。黒田日銀総裁は国会で「消費者物価がさまざまな経路を経て2%に近づく可能性はある」と述べた。日銀は1993年以来、デフレ退治を掲げ消費者物価2%を達成すべき最優先課題としてきた。2%さえ達成できれば日本経済は万々歳、と言わんばかりだった。しかし、黒田総裁は2%を前にあまりうれしそうでない。黒田流の異次元緩和の結果ではないからである。石油や天然ガス、石炭、さらには食糧など資源高による2%だからだ。

そして、この先に日本の「交易条件」の悪化が目に見えているのだからなおさらだ。つまり、これまで自動車1台の輸出代金でドラム缶100本の石油が海外から買えたのに、資源高によって80本とかに減るということだ。資源価格の上昇は所得が日本から海外に流出するということなのだ。だから、資源高になると日本は交易条件の悪化で必ず不況になった。今回もそうならない理由はない。

戦後の寅年を振り返ると1950年「朝鮮戦争」、62年「キューバ危機」、74年「ニクソン辞任」、86年「チェルノブイリ事故」、98年「長銀破綻」等々、物騒な出来事が多い。そして東証の株価は1勝5敗。用心すべき1年なのは明白であろう。