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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

スリランカ経済大混乱
-「債務のワナ」にはまって-2022.08.21

世界銀行で副総裁を務めた西水美恵子さんが『国をつくるという仕事』(2009年)という本を出した折、話を聞いたことがある。長いキャリアでつかんだ結論は「途上国が貧困から抜け出せるかどうかはリーダーの統治力次第ね」である。

彼女のヒイキはパキスタンの陸軍参謀総長だったパルヴェーズ・ムシャラフである。政治腐敗を一掃するためクーデターを断行、大統領に就任した。西水さんは南アジア担当副総裁だったから何度も会ううち、すっかり意気投合したらしい。

人気の美人政治家、ブット元首相がその頃暗殺されて同情が集まったが、西水さんは「彼女じゃダメ」。家柄はいいが既得権にどっぷり浸かった旧勢力だから。結局、ムシャラフは強引すぎて失脚、ロンドンへの亡命を余儀なくされる。西水さんはそれを惜しむ。ムシャラフの「開発独裁」に大いに期待していたようである。

確かに途上国の成否はリーダー次第だろう。それは今回のスリランカ(旧セイロン)の経済危機でも明らかである。4半世紀の内乱がとりあえず終わり、国家再建に踏み出したスリランカだったが、ラジャパクサ大統領の一族がやりたい放題で国を潰した。

元々はセイロン茶やゴムで知られる農業国だ。ところがラジャパクサ一族はドバイ、シンガポール、香港のような金融・物流のハブ国家を目指した。スリランカはアジアと中東・アフリカを結ぶシーレーン(海上交通路)の要衝にある。幸いカネは中国がいくらでも貸してくれた。

しかし、借金を重ねているうちに債務は510億ドルに累積、GDPの120%に達した。折からのコロナ禍で観光客が激減、資源高の追い討ちも食らい債務不履行(デフォルト)に至った。中国に泣きついたがいい顔をされず、雀の涙の「人道援助」がもらえただけ。ラジャパクサ大統領は食糧危機やインフレに激怒したデモ隊に追われて、シンガポールに亡命してしまった。

後継政権は国際通貨基金(IMF)と協議中である。難航しているが、親インド政権だから最後はインドが面倒を見るだろう。

教訓。中国の「債務のワナ」に気をつけよう。中国の甘言に乗るのは考えものである。世界銀行やアジア開発銀行などは採算が取れないプロジェクトにはカネを貸さない。ところが中国は大甘だ。ラジャパクサ大統領は中国のカネで一族の出身地に、国際会議場と3万5千人収容の大クリケット場を作ったが、閑古鳥が鳴いている。大統領公邸もキンキラキン。デモ隊が乱入してプールや寝室で鬱憤ばらしの大暴れだ。

中国から借りた14億ドルで島の南端の小さなハンバントタ港を大拡張したが、利払いできず中国国有企業に99年間の運営権を譲渡した。中国はインド洋に面した国々の港を着々と実質支配しつつある。「真珠の首飾り」と呼ばれる戦略だ。いずれ中国海軍の基地となるのではと警戒されている。

「債務のワナ」は世界中に仕掛けられており対中債務のGDP比でスリランカは12%だが、10%以上の国が47か国もある。総額は日本円換算52兆円。ラオスなど64%。完全に首根っこを抑えられている。

中国の貸出金利は6%もして決して安くない(日本のODAは0.5%)。しかし、使い道自由で豪華な宮殿だって建てられる。独裁者にとって便利至極。「台湾と絶縁せよ」「国連総会の投票で中国に同調せよ」「銅鉱山の開発権をよこせ」「港を勝手に使わせろ」。はい承知しました、である。

ただ、チャイナマネーも無限ではない。焦げ付きの増加、採算の悪さに対し国内で批判が高まっており、近年は不採算融資を減らしている。

スリランカでも風向きが変わった。中国の調査船「遠望5号」のハンバントタ港入港をスリランカ政府が拒否したようである。スリランカの新たな後ろ盾となったインドが「スパイ船は好ましくない」と注意したためらしい。中国の「真珠の首飾り」の糸がほつれかかっている。