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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

いつか弾ける環境バブル
-CO2ゼロにどう付き合うか-2021.12.11

若い人に「バブル経済」の話をしてもポカンとしている。仕方ない。あれは30年前に終わった「歴史」なのだから。「土地を買う」と言えば銀行はいくらでもカネを貸してくれた。その最中は異常さに気づかない。

いま世界中に広がっている「カーボン・ニュートラル」もまた、バブル的熱狂の一種だろう。2050年までに人間の活動、つまり発電や製鉄、自動車運転などから出すCO2をゼロにするというものだ。英仏独など主要国に続いて日本も宣言、それに向けて2030年までの中間目標の設定、ガソリンエンジン車の禁止や石炭火力発電の運転停止などの議論が始まった。

先月、英国のグラスゴーで開かれた国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)。各国の大統領や首相などが集まって、その「カーボン・ニュートラル」への道筋を協議した。

結果はどうだったか。「環境原理主義のジャンヌ・ダルク」グレタ・トゥーンベリは「COP26では政治家たちがタワゴトを言い合っただけだ」と酷評した。確かにお化けは出なかった。ポイントを見てみよう。

気候変動対策の国際枠組み2015年「パリ協定」は、気温上昇を産業革命前に比べ2度未満に抑えることを目指し、可能なら1.5度に抑えるという努力目標を掲げた。今回のCOP26で議長国の英国は1.5度をはっきり目標に格上げしようと提言、そして「石炭火力発電のフェーズアウト(段階的廃止)」を迫った。

あれこれ政治的駆け引きがあって、最終的に「1.5度を目指して努力する」「石炭火力発電はフェーズダウン(段階的低下)」となった。素人には意味が分かりにくいが、インドが最後に反旗を翻した結果である。つまり1.5度は努力目標のまま。石炭火力発電もしばらく残る。

さて、それにしてもである。普通の日本人は気候変動問題をどれぐらい気にしているのだろう。2050年にCO2排出をゼロにしないと地球は気候大変動に見舞われ、人の住めない惑星になるのか。

「国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」という専門家集団が定期的に評価報告書を出している。その読み解きはなかなか難しくて諸説ある。しかしながら、世間の人々は「2050年までにCO2をゼロにしないと温暖化地獄がやってくる」と書いてある、と信じている。南の島々は海面上昇で海に飲み込まれ、河川は氾濫して家が流され、作物は日照りで枯死し、北極の白熊は全滅する、と。

これが先進国の多数派。だから、欧州の指導者や米国のバイデン大統領などは、本人の思想信条はともかく、これに乗らざるを得ない。さもないと落選するからだ。

そしてこれが一番重要だが、世界の年金ファンドなどの投資家、金融資本が「カーボン・ニュートラル」の旗振り、大応援団になっている。「CO2を減らす産業、企業にはいくらでも融資する。しかし、協力しない企業は株も買ってやらないぞ」。

なぜか。それはもはや世界経済にとって「環境」以外に経済成長のタネが見当たらないからである。CO2削減が錦の御旗。だから火力発電をやめろという。代わりに風力発電だ、太陽光パネルだ。莫大な資金需要が発生する。ガソリン車は全廃して電気自動車にしろ。壮大な買い替え需要が発生し、自動車メーカーは自動車工場新設にいくらカネがあっても足りない。

そして今、驚いたことに企業の排出するCO2量に応じて、「炭素税」を課する動きとなっており、日本政府も検討を始めた。だが、国際エネルギー機関(IEA)の計算に準拠すれば、カーボン・ニュートラル実現には消費税17%分の炭素税課税が必要だ。とんでもない大増税。

日本が2050年にCO2ゼロにできる道筋を描ける人はどこにもいない。しかし「脱炭素バブル」の熱狂に世界は覆われている。日本だけソッポを向くと、輸入禁止とか制裁関税とか受けかねない情勢だ。だから、歩調を合わせる必要はあるが、忘れてはいけない。バブルはいつか破裂する。