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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

中国は「共同富裕」で大騒ぎ
-文化大革命の再来論も-2021.09.21

中国の習近平国家主席は8月、「共同富裕」なる国家目標を掲げた。そのまま解釈すれば「豊かさを共有しよう」。非常に結構なことである。共産主義の理想がそれであった。

中国はこれまで、鄧小平の「先富論」つまり、金儲けできるやつはどんどん儲けろ、というやり方だった。貧乏人も金持ちのおこぼれで段々に裕福になるからさ、と。しかし、「共同富裕」はそれではない。習主席はこう言う。「一部の人が先に金持ちになってもよいが、後の人が金持ちになるのを助けるべきだ」「高額所得者層や企業には、社会還元を促すべきだ」。

突出した金持ちやセレブを標的にしたバッシングが始まっている。

まずはネット企業として中国最大のアリババグループが昨年11月、傘下のオンライン決済会社「アント」が計画した史上最大の株式公開(IPO)=資金調達に中止命令を出した。アリババ創始者の馬雲(ジャック・マー)はどこかに軟禁され公の場から姿を消した(その後出てきたが元気がない)。そして今年4月、アリババグループに対し独禁法違反で182億元(3000億円)の罰金を課した。

さらに今年7月には、IT大手の騰訊控股(テンセント)や、配車サービス最大手の滴滴出行(ディディ)も独禁法違反による罰金を食らった。中国のネット関連企業は急速に巨大化し、国民に巨大な影響力を及ぼすようになった。中国共産党の「一党独裁」を脅かしかねない存在とみなして、ビンタを食らわせたのである。中国に共産党以外の皇帝がいてはならないのだ。

共産党の危機感の背景は格差の拡大である。所得格差の程度を示す「ジニ係数」は2000年の59.9から2020年は70.4に大きく悪化。主要国で格差が最も著しい国となった。李克強首相によれば「人口の約4割、6億人が月収140ドル(約1万5000円)未満だ」という。

粛清の嵐は経済分野を超えて吹きまくっている。びっくりしたのは「塾」に対する弾圧だ。営利目的の塾は禁止、やるならNPOでやれ。新規開業はダメ。外国資本による買収も禁止。学校教師の引き抜き、広告も外国人によるオンライン授業も禁止だ。

中国は日本以上の学歴社会で、都市部で塾通いしない子どもはいない。しかし、その学費がバカ高い。塾代が年30万元(約510万円)と平均年収の2倍などというのもある。一人っ子政策をヤメたのに子どもが増えない。人口が減って経済成長が鈍化している。塾をつぶせば教育費が減って2人3人と生むようになるだろう。どうも本気でそう思ったらしい。

さらには有名芸能人も戦々恐々としている。人気俳優の張哲瀚は靖国神社で写真を撮ったというので人民日報などから批判され芸能界から「追放」。有名女優の鄭爽も脱税で有罪とされ50億円の罰金と活動禁止処分。旭日旗をデザインした衣装を着たというので女優の趙薇は表舞台から消えるなど、「粛清」されたセレブは枚挙にいとまがない。

また、ネット統制を主な任務とする国家インターネット情報弁公室は8月、「中国経済衰退論を唱えてはならない」と通達した。中国では政治批判はタブーだったが経済は比較的自由に論じられた。今後は経済のマイナス情報も取締りの対象となる。

こうした習近平政権の異常な振る舞いは、かつての「文化大革命」を想起させる。文革は毛沢東が自身への個人崇拝を利用して若者を扇動、政敵を倒した権力闘争だ。中国政府は先ごろ、小学校から大学院まで「習近平思想」の学習を義務化、習近平への個人崇拝教育を強化している。

習主席は2049年の建国100年には、経済・軍事・文化の全面にわたって米国を凌駕するという「中国の夢」を掲げる。そのためには自身に権力を集中させる必要があるというのであろう。しかし、それによって「チャイナ・リスク」を高めている。まさかとは思うが、文化大革命が再来しないことを願う。