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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

中国の豪州いじめはどこまで続く
ー「戦狼外交」の傍若無人ー2020.12.21

『ランボー』というド派手なハリウッド製アクション映画があった。その中国版が『戦狼ウルフ・オブ・ウォー』。ユーチューブのサンプルを見てください。すごい乱暴狼藉ぶり。

いま中国が展開している外交を「戦狼外交」と呼ぶ。圧倒的な経済力を笠に着て恫喝し、突然、輸出入を禁止する。近頃は豪州相手に大立ち回りだ。

良好だった豪中関係の悪化は2017年11月に遡る。労働党の議員が中国企業に買収され、南シナ海問題で中国擁護の発言をしていたことが発覚した。2019年の下院選では中国の情報機関がスパイを下院議員にしようと立候補させた事件も起きた。『静かなる侵略silentinvasion』(クライブ・ハミルトン)という本が豪州の政界や市民社会への中国共産党の浸透を警告しベストセラーとなった。

劇的転機は2018年8月だ。米トランプ政権の呼び掛けに応えて次世代高速通信「5G」のインフラ整備から中国企業、華為技術(ファーウェイ)を締め出した。そして決定的だったのは、今年4月である。モリソン豪首相が新型コロナウイルスの武漢での発生過程について独立機関による調査を要求したのである。

中国は新型コロナウイルス蔓延の責任問題を極端に嫌がる。それを認めれば習近平主席は失脚しかねず、「被害国」に対する賠償責任だって発生しかねない。

怒った中国は豪州産大麦に80パーセント超の追加関税をかけ牛肉の輸入を4割削減する「報復」に出た。中国共産党の機関紙『人民日報』の弟分『環球時報』の胡錫進編集長によるツイッターへのセリフがいかにも戦狼的。「豪州は中国の靴底にくっついたチューインガムのようなもの。時々、石でこそぎ落とさないといけない」。

成競業・中国大使の豪紙への応対もヤクザまがいの無礼なもの。「中国の人々は幻滅している。観光や留学先を見直すかもしれないし、なぜワインや牛肉を買わなければいけないのかと思うかもしれない」。豪州は外国人観光客の15パーセント、留学生の38パーセントを中国に依存している。

中国は豪州の資源の最大のお得意さまで2019年の輸出額約29兆円の4割は中国向けである。豪州にとって対中関係を良好にするのは最優先課題だった。2014年には習近平主席に国会で演説してもらったほどだ。このころの豪州は中国の「脅威」に対する警戒感がゼロだったと言ってよい。2015年10月、米軍が駐留する北部ダーウィンの基地に近い港を99年間、中国企業にリースする契約を結んでしまった。オバマ政権(当時)が「無神経極まりない」と抗議する騒ぎになった。この年には豪中自由貿易協定(FTA)を結び、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも日米の反対を尻目に進んで出資もした。

それが一転して、豪中関係は史上最悪の事態。最近では、豪州の兵士がアフガニスタンの子供にナイフを突きつけているフェイク画像を中国外務省の趙立堅報道官がツイッターに流し豪州の残虐さを非難、モリソン首相が謝罪を要求する騒ぎとなった。戦略国際問題研究所(CSIS)のボニー・グレイザー氏によれば「豪州の反応なんか気にしていない。イラクやアフガニスタンで反米・反西側感情を掻き立てる狙い。フェイクは承知の上だろう」。

さて戦狼的「制裁」は銅鉱石、石炭、砂糖、木材、ロブスターにも広がってきた。ケンカの行方や如何? 結論は「豪州が簡単に屈することはない」。新型コロナを抑え込んだモリソン政権に対する支持は非常に高い。反対陣営の豪州労組(AWU)も「脅しに負けるな」とエールを送る。また、豪州の最大の輸出品目である高品質の鉄鉱石は、世界最大の鉄鋼生産国中国にとって不可欠。代替できないから制裁されることはない。

豪州の親中派首相だったケビン・ラッド氏が言っている。「反日暴動まで煽った中国がいま日本にすり寄っている。参考になる」。そうかもしれない。日本流でがんばれ! 豪州。