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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ひとり気を吐く日本株
-外国人投資家の爆買いはなぜ?-2023.06.21

外国人投資家が日本株を爆買いしている。その結果は言うまでもなく株価の急騰である。海外の株価がさえない中、日経平均株価は5月17日に1年8か月ぶりに3万円の大台を越えた。その後もしっかりした値動きでいま、3万2000円台。38年ぶりの高値である。1989年12月の史上最高値3万8915円も来年にかけて更新するという強気な見方もある。

しかし、不思議なことにこの間「もうけた」という話をあまり聞かない。某証券アナリストによれば「それどころか損した人が結構、多いのではないか」という。

このアナリストによれば、株式市場のデータを分析すると、個人投資家の多くが「外国人の買いは一過性のもの。まもなく下がる」と考えて空売りしたらしい。ところが、海外からの買いは衰えず値上がりする一方。損が膨らんだ結果、ついに空売りを断念、株を買い戻して取引を清算するほかなくなった。雪崩を打って買い戻しが入るから、それによって買いが一段と膨らみまた値上がりする。これを「踏み上げ相場」というが、それが起きた。弱気筋の悪夢だ。

現物しか買わない投資家たちも、値上がりがあまりに急なものだから眺めているうちに買い場を逸した。相場の難しさについて格言は「まだはもうなり、もうはまだなり」と言うが、今回も当てはまる。

外国人投資家の日本株買いといえば、先鞭をつけたのが世界有数の大富豪、ウォーレン・バフェット氏の投資会社バークシャー・ハサウェーによる日本の5大商社への投資である。2020年8月と2022年11月、合計85億ドル。その後の商社株の値上がりや高配当を考えれば大成功である。

外国人投資家の日本株回帰はバフェット氏だけではない。外国人投資家による日本株の現物と先物の買越額は、4月から5月にかけ9週連続、計7.4兆円にのぼる。

では、なぜ海外投資家は日本株に注目したのだろう。

第一に、日本のインフレは欧米ほど激しくないという事情。欧米の中央銀行は金融引き締めに転じたが、植田和男日銀新総裁は金融緩和を続けると明言し、円安が続いている。日本企業は円安メリットで好決算だ。

この結果、日本には海外投資家が注目するふたつの重要な変化が起きている。ひとつは賃金の上昇。今春闘の賃上げ率は3.67%と過去最高となった。日本経済の最大の問題に好転の兆しが見られる。

いまひとつは海外勢にとってもっと重要かもしれない。「自社株買いフィーバー」が起きていることだ。日本企業は無意味にもうけを溜め込んでいると無能を批判されてきた。それが賃金引き上げだけでなく、自社株買いという米国流資本主義を取り入れた。

企業が利益を吐き出して自社株買いをすれば、発行済み株式が減るから株価は上がる。配当とともに利益を株主還元する有力手段だ。米国株がこの間上昇してきたのは自社株買いが大いに寄与した。日本企業は横並びだから「あそこがやるならウチも」で大流行り。大日本印刷や東京ガス、富士通、丸井グループ、ウシオ電機など引きもきらず、海外勢を誘引する大きな力になっている。

第二に地経学(地政学+経済学)的理由がある。つまり米中対立によって「中国リスク」が意識された結果、日本が見直されている。広島G7サミットに先立って岸田首相は世界の半導体関連企業のCEOを官邸に招いた。台湾TSMCの劉徳音会長、インテルのゲルシンガーCEO、マイクロンのメロトラCEO、サムスン電子のケ・ヒュン・キュンCEO等々。来いといえば来るメンバーではない。米中対立で日本の地経学的意味が上昇した結果である。

という次第で日本株の再評価が進んでいる。「ひとつ株でも買うか」と思う向きもあるだろう。兜町では「当たり屋に付け」ということだし。しかし「いのちがねに手をつけるな」ともいう。あれこれ勘案すると「眠られぬ株は持つな」であろうか。