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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

コロナ禍に民主主義は効かない?
-勝ち誇る「デジタル共産主義」中国-2021.05.01

コロナ禍の急拡大は民主主義の弱みと限界を露呈したのか? 「そうだ」と言っているのが中国である。アラスカで3月行われた米中の外交トップの会談で楊潔箎(ヤン・ジエチー)共産党政治局員は「中国が新型コロナウイルスの制圧に世界でいち早く成功したのは、中国の国家システムのためである」と豪語した。中国共産党独裁は西側民主主義より国家システムとして優れているというのである。

昨年10月、米ジョンズ・ホプキンス大学はコロナ禍の拡大を前に「世界健康安全保障指数」というものを発表した。『早期の検出と報告』『迅速な対応と感染拡大防止』で米、英、独、仏を高評価し「民主国家はその豊富な知識と資源を活用して市民を守れる」と結論づけた。

それがとんでもない結果になったのはご承知のとおりだ。民主主義国家は台湾、韓国、ニュージーランドなど一部の国を除き、コロナ対応に失敗した(日本は3度目の「緊急事態宣言」に追い込まれたが、人口で米国の約3分の1に対して死者数は50分の1程度だから、うまくいっている方かもしれない)。とりわけ、インド、フィリピンなど指導者が大衆迎合的な国では悲惨な事態を招いた。

米政府がサボっていたわけではない。感染検査、接触者の追跡調査、陽性者の隔離システムなど、さまざまな政策を打ち出したのだが、全然実現できなかった。州や郡でやり方がバラバラで、いまだに「マスク拒否」者が多数いるのだから無理もない。

フランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相など、有能で民主主義の権化のような人がリーダーの国々も検査・追跡・隔離システムの構築に失敗している。ワクチンでは日本の無能・無策が際立っているが、欧州大陸諸国も国民から「遅い」と罵声を浴びている。

中国がコロナ禍を抑え込めた理由は、「一党独裁」で強権発動できる点にあるのは間違いない。コロナ禍の震源地、武漢市は人口が1000万人を超えるのに(初動には大失敗したが)完全封鎖してしまった。民主主義国家には不可能である。

ただ、勘違いしがちだが、中国の都市封鎖は武漢だけである。武漢以降はハイテクを駆使して個人データを完璧に収集・管理する「データ共産主義」によってコロナを封じ込めたのである。

中国人はほぼ全員がスマホをもっており、買い物はスマホの電子決済ですませている。それだけではない。2015年1月に電子決済「アリペイ」で始まった「芝麻(ジーマ)信用」。個人や企業の取引行動を点数化して、信用スコアを増減させる。信用が高いと割引があったり、逆にそれが低いと融資を受けられなかったりする。

中国政府はこれを利用して、人々の行動を監視・データ化して統治に利用するシステムを構築した。熱が出ているのに隠したりすると信用スコアが下がる。買い物や移動はQRコードで監視・制限されるから人々は政府が定めたルールに従わざるを得ない。密告も奨励されている。

英国の作家ジョージ・オーウェルは小説『1984年』で市民の行動が「テレスクリーン」(監視カメラ)と隠しマイクですべて当局に監視されているディストピア(ユートピアの反対語)を描いたが、中国政府はそれを実現しつつある。問題は国民がこういう人権無視を「犯罪が減る」などと評価していることだ。中国の無礼極まりない戦狼外交の背景にはこうした国民の支持がある。

そこで日本。米ダートマス大のジェニファー・リンド准教授がフォーリン・アフェアーズ誌2018年3月号で日本を挑発していたのを思い出す。「中国が支配するアジアを受け入れるのか?」。答えは無論「ノー」である。4月の日米首脳会談共同宣言で、中国の反発覚悟で「台湾」に言及したのもその表れだろう。

ただ、統治システムとして民主主義が中国システムを凌駕することが証明されたわけではない。私は勝てると考えているが、それは稿をあらためて論じるとしよう