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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

自由貿易のリーダーは中国?2020.12.01

-習主席「TPP参加の本気度」-

トランプの米国が国際協調を放り投げて単独行動に走る中、中国が国際協調のリーダー顔をするケースが目立つ。

中国の習近平国家主席は11月20日、オンラインで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議(日米中など21か国・地域首脳が参加)の演説で、環太平洋経済連携協定(TPP11)への参加を「積極的に考える」と表明し「本気かね」と世界中をびっくりさせた。「中国は地域経済の一体化を進め、アジア太平洋の自由貿易圏を一日も早く完成させる」のだそうだ。

TPPは米国が言い出しっぺだった。せっつかれて太平洋を取り囲む12か国が苦労の末にまとめた自由貿易協定である。それなのにトランプは大統領になった途端、「アメリカが損をする悪い協定だ」と一方的に脱退してしまった。空中分解しそうになったのだが、安倍晋三首相が頑張り残り11か国を説得してまとめあげた。いわゆる「TPP11」である。安倍さんの国際的評価を一気に高めた「事件」であった。

非常に野心的な自由貿易協定であり、関税も大幅に下げるが、厳しい「ルール」を設けたのが特徴だ。例えば「政府調達」。政府が物品を購入したり公共事業をするに際して自国企業の優遇を厳しく制限している。

米国は成長地域であるアジア太平洋地域で、中国主導で米国を排除した経済統合ができるのを警戒していた。TPPはそれを阻止するため、米国流のルールで経済圏を作る試みだったのである。それに成功したのにトランプはドブに蹴り込んだ。TPPに参加した諸国はTPPという巨大経済圏の圧力で、中国をTPPに参加せざるを得ない状況に追い込み、中国に世界標準のルールを呑ませることをねらっていたのでガッカリだ。

中国がTPPに入りたいなら、中国は自国企業、ことに国有企業の優遇政策を撤廃し外国企業への差別をやめないといけない。これは中国にとって非常に高いハードルで、国有企業の利権が中国共産党幹部のフトコロに結びついている現状では無理。中国だけ特別扱いすればTPPは崩壊する。習主席もそれは分かっての発言で本気度はゼロだろう。

この発言の5日前には、日中韓など15か国による東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の署名が行われた。これは日中韓に加えASEAN(東南アジア諸国連合10か国)とオーストラリア、ニュージーランドが加わった自由貿易協定。インドは中国からの輸入激増を警戒して最後に不参加となった。

実はこのRCEPこそ米国が警戒していた「中国主導のアジア経済圏」の第一歩なのだ。細かい話は省くが、「TPP11」に比べ関税撤廃の範囲が狭いのはともかく、中国に外国企業差別をやめさせることができない。

悪名高いのが強制的技術移転である。中国に工場を作りたければ製造技術を全部教えろ、という無茶苦茶な要求である。多くの企業がそれでも中国市場が欲しいから技術を渡してきたが、中国は技術をいただくとその企業を追い出しにかかったり、その技術を使って海外市場を奪ったりしてきた。

RCEPでは国家がそれを外国企業に命じることはしないことになった。では問題解決か? いや、抜け道がいくらもある。国家は強制しないが企業同士で何をやろうが国家は止めない。これまでと変わらない。中国がルール作りに関与したRCEPでは中国を変えることはできない。当たり前だ。

さて、米国ではバイデン政権が誕生する。トランプとの最大の相違は「国際協調」への復帰。中国との貿易戦争では融和政策に転じるとかそうはならないとか様々な見方があるが、とりあえずTPPへの再加盟に動くかどうか注目である。そのためには条約批准を担う上院の議席数が問題。上院選はジョージア州で1月再選挙となったので情勢は微妙。

ただ、国際協調で中国を「普通の国」に引き込もうという歴代米政権の戦略は破綻した、というのがいまや米国の共通理解である。だから、バイデン政権がまずはTPPという日本の期待に沿って動くか、実は疑問なのである。