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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

原油価格急落で困るのは誰か2020.4.1

―サウジとロシアと米国の我慢比べ―

原油価格が暴落している。新型コロナウイルスによる世界経済の深刻な落ち込みが背景にある。しかし、3月に入ってからの急落にはもう一つ別の理由がある。原油価格を減産で維持してきた「OPEC(石油輸出機構)プラス」という枠組みが、サウジアラビアとロシアの対立で機能しなくなったためである。

原油価格の下落は輸入国の日本にとって、とりあえずはプラス材料だ。しかし、原油市況の不安定化、見通し難は世界経済の不確実性を高め、経済成長には好ましくない。長期的には日本にも悪しき影響を与えかねず注意を要する。

サウジとロシアの喧嘩は3月6日のOPECプラスの会議で勃発した。サウジが今年末まで日量150万バレルの減産追加を呼び掛けたのに対し、ロシアが拒否したことに発する。サウジは新型コロナウイルス禍の拡大を考えれば原油価格が一段と値下がりするとみて、価格維持のためには減産強化が必要だと考えた。

しかし、ロシアのプーチン大統領は違うことを考えていた。ロシアとサウジによる協調減産などお人好しが過ぎる政策である。減産した分を米国のシェールオイル企業が増産で埋めてしまい、彼らの世界シェアが上昇するだけだ、そう考えた。米国はロシアに対して経済制裁をしている「敵」である。しかも、近年はロシア産天然ガスをドイツに輸送するためのパイプライン「ノード・ストリーム2」に対し、米国は欧州の安全保障上の脅威として執拗に邪魔してきた。許せない。

ロシアの拒否にサウジの実力者、ムハンマド皇太子は激怒して思わぬ行動に出た。4月から日量250万バレルの大増産に踏み切ると表明し、欧州向けなどの原油の売り渡し価格を大幅に引き下げたのである。この結果、かつて1バレル68ドルだった原油は一時20ドルを割り込むまでに急落、18年ぶりの安値を記録した。

原油がここまで安くなるとサウジ自身が困る。サウジの2020年予算では歳出2720億ドルに対し歳入2221億ドルでざっと500億ドルの赤字。赤字を出さないためにはIMFによれば原油価格は83ドル以上である必要がある。

サウジは人口急増中で若者に仕事を与えねばならず、ムハンマド皇太子は「ビジョン2030」を掲げ石油依存経済からの脱却を図っている。しかし、そのためには財政収支を改善しなければならない。とどのつまりは原油価格の引き上げが必要だ。であるのにそれと逆の行動はなぜか。

ロシアは「格下…」

ひとつは石油の世界では「格下」とみなしてきたロシアの反抗に対する怒り。サウジの油田は生産コストがぶっちぎりで安く(1バレル2〜3ドル)、しかもいくらでも増産できる。産油量では米国、ロシアに次ぐ世界3位だが、やればいつでも世界1になれる。そしてロシア経済は原油価格40ドル以上でないと持たない、と見ているのだ。

しかし、ロシアのプーチンの計算は異なる。ロシアの外交筋は「原油安が続けばサウジは2年半で外貨準備が尽き、米国のシェール石油企業は年内にバタバタ潰れる」との見方を示している。またこの間の石油収入で日本円で15兆円の「国民福祉基金」を貯めた。打たれ強くなった。

シェール石油の増産で一躍世界一の産油国になった米国はどうか。この原油安でシェール企業の倒産が始まっており、再選を目指すトランプ大統領も懸念を強めている。介入の機を伺っているようだ。

サウジは2014年、自分の石油覇権を脅かすシェール企業を潰すため安値攻勢を仕掛けたことがある。しかしシェール企業は想像以上にしぶとく、サウジ自身が深傷を負った。OPECプラスはその経験からOPEC以外の協力も得て市況の安定を目指す仕掛けだったが、今回亀裂が走った。サウジとロシアと米国の我慢比べ。6月にサウジが議長国で「G20」が開かれる。そこで手打ちが行われるとの見方もあるが、さてどうなるだろうか。