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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ネット投資家が米国株で大暴れ
―ヘッジファンドをめった打ち―2021.02.11

インターネットの威力というか破壊力を示すリストに、またひとつ特異な事例が加わった。今回の舞台はアメリカの株式市場。イナゴの大群みたいにネットに結集した素人投資家たちが、プロ中のプロであるヘッジファンドにケンカを売り、ヘッジファンドを破産の瀬戸際に追い詰めた。今後の展開はまだ不明、お楽しみはこれからである。

これまで株は貧乏人には無縁だった。いまは違う。ことにネット時代になって携帯用の投資アプリが登場し、少額投資ができるようになった結果、にわか投資家が急増した。

今回の騒動の主役「ロビンフッド」という投資アプリは手数料無料という画期的なものだ。若者に大人気となり新型コロナ禍で巣ごもり中なこともあって、アッという間にユーザー数が1300万人を超えた(手数料無料の理由を簡単に言うと、ロビンフッドはネットで受けた注文を超高速取引業者=HFTに回しHFTから手数料をとるからだ。HFTとは…キリがないから省略)。

ネット投資家たちは「レディット」というオンライン掲示板の中のフォーラム「ウォールストリートベッツ」に集まって「おれは1万ドル儲けた」と自慢してみたり「○×株がいいぞ」とつぶやいたりして楽しんでいた。

ゲーム感覚で面白いことを探していたネット族の目に止まったのが、マサチューセッツ州の保険会社員、キース・ギル氏(34)。「ゲームストップ」というコンピューターゲーム販売会社が経営不振でヘッジファンドに売り込まれていたが、ギル氏は「ヘッジファンドは間違っている。経営再建は可能だ。オレは買い増している」とアピールしていた。

米国の庶民の間には金持ちへの反感が広がっている。ネット族はギル氏推奨のボロ株に目をつけた。大富豪の手先のヘッジファンドに一泡吹かせようという呼び掛けがあちこちからも上がった。金持ちから盗んだ金品を細民に分配する伝説の義賊ロビンフッド。それをやろうというわけだ。最初はさざ波。それがだんだんと重なっていつしか津波になっていた。新年から株価は上昇速度を速め、月末の数日にアッという間に10倍以上も跳ね上がった。

ヘッジファンドは高度な金融技術で資産を高利回り運用する連中だが、得意技はリスキーな「売り」である。弱みを見つけ徹底的に売り浴びせてもうけをむしり取る。1992年にジョージ・ソロスらのヘッジファンドが実力不相応な高値に固定している英ポンドの無理を見抜いて売り浴びせ、ポンド危機を引き起こした例が典型だ。

しかし、カラ売りは持っていない株を売るのだから潮目が変わると地獄である。売るためには買わなくてはならないからだ。ところが買おうとすると刻々と株価は上がり、売値との差額は広がる一方。損はみるみるうちに膨らんでいく。株の専門用語で「踏み上げ相場」という。

「ゲームストップ」株だけでなく映画館チェーン「AMC」などいくつもの銘柄でこれが起きて、ヘッジファンドは何千億円もの大損害をだした。金持ち側の緊急支援で倒産は免れたが。

ところがこの日、ロビンフッドがなぜか売買制限に踏み切った。このため株価急騰はストップ。その後、売買は再開されたが株価は乱高下中。この記事が紙面に出る頃、どうなっているかは神のみぞ知るである(ロビンフッドがピークで売買ストップしたのは意図的なものでなく、売買集中で注文をさばききれなくなったかららしい)。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、火付け役のギル氏は、ある日は20億円もうけ、翌日は15億円損する、といった状況だった。同紙記者が確認した日の残高は約35億円だったそうだ。米国の当局は規制が必要か検討を始めたが、先行きは今のところ不透明。

気になるのは日本のこと。「ロビンフッドか。面白そうだな」と思った人います? 日本でもやれるか、そのあたりは自己責任でどうぞ。