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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

電気料金はなぜハネた?
-アボカド的自由化の帰結-2021.04.11

日米貿易摩擦が燃え盛っていた90年代初め、日本たたきの論客、米戦略経済研究所長のクライド・プレストウィッツが名言を残した。「ICチップ(半導体)とポテトチップはどっちもチップだが同じものではない」。

日本から半導体が怒涛のように米国に流入し、米半導体産業が壊滅すると大問題になっていた。しかし、主流派の経済学者=自由貿易論者たちは「ポテトチップを同じ額だけ日本に輸出すればなんの問題もないのだ」と論じた。だから日本からの半導体輸入を規制する必要はない、と。

プレストウイッツら保護主義陣営は反駁した。「バカを言うな。米国からポテトチップが消えてもわれわれは生き残れるが、半導体産業が消えたら米国経済は終わってしまうぞ」。

米政府はそのアドバイスに従い、悪名高き「日米半導体協定」を日本に強要した。結果として日本勢は蹴落とされ、インテルやアムダールなど米国勢が我が世の春を謳歌することとなった。教訓。「市場はしばしば失敗する。自由化論者の言うことは聞くな」。

先日のニューヨークタイムズのコラムで、ノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマンが「電力はアボカドではない」と論じていた。プレストウイッツを思い起こさせるセリフである。

これは今年2月、テキサス州を中心に発生した大停電が「電力自由化」の行き過ぎで起きたと批判する論文である。同州は米国でももっとも電力自由化を進めている州である。自由化を急ぐあまり必要な規制が行われていなかった。寒さ対策をしていなかったため、かつてない寒波の襲来になすすべがなく、火力・風力の発電設備、さらには送電網が凍結し、大停電が発生した。

クルーグマンは「テキサスのエネルギー政策は、電力をアボカドのように扱えるという考えに基づいている」と非難した。2019年に、カリフォルニア州でアボカドが凶作になり値段がバカ高くなった。アボカド好きには困った事態だが、だからといって、アボカド生産の問題点を洗い出し、原因を究明しろという人はいなかった。

しかし、電力はアボカドではない。市場に任せておけばよいという問題ではないのだ。なぜなら「アボカドトーストがなくても死にはしないが、電気で暖房している家では死人が出かねない」。

さて、日本である。 

1月から2月にかけ、全国各地でとんでもない電気代を請求されパニックになった人が続出した。2016年4月の「電力の小売全面自由化」で誕生した「新電力」と契約、「安い」と喜んでいた人たちである。広島市のさるカフェでは1月の電気代が8万円と前月の5倍に、自宅の料金も約10倍になった、などという報道が相次いだ。

「新電力」はガス会社が自家発電の余剰電力を売ったり、政府の手厚い補助金に乗っかって大規模太陽光発電ファームを作ったり(ソフトバンク)と、さまざまである。新電力約700社のうち自社ではあまり発電設備を持たず、「卸電力市場」から仕入れている業者が500社以上もある。

卸売市場への供給元の大部分を占めるのは、旧来の電力会社である。平常なら余剰電力を卸売市場に流すのだが、とんでもない寒波で暖房需要が急増した。そこへ石炭火力発電や原発のトラブルも起きた。そして最大の問題は、LNG(天然ガス)の調達難である。たまらず供給をしぼったので、電気代が急騰したのだ。

LNGはマイナス162度で冷却し続ける必要があるから、在庫コストを抑えるため2週間分ほどしか持たない。輸入しようとしても2か月ぐらいかかる。そして、昔と違って中国と韓国がLNGを買っており、日本が「買い負け」することも少なくない。今回の新電力の電気代の高騰はLNG問題が大きい。

つまるところ、電力はポテトチップでもアボカドでもないということだ。電力自由化はそこを十分見極めて行われたのかが問われている(原発を動かせば一発で問題解決じゃないか? それはまた、別途)。