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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

1兆円を超えた日本の農産物輸出
-減反をやめればコメも勝てる-2022.02.21

わが国の農林水産物輸出額が昨年、1兆2385億円と初めて1兆円の大台を突破した。前年比26.6%の増加である。農産物輸出は年々伸びており、過去最高の更新は9年連続だ。

ベストテンを挙げてみよう。(1)ホタテ貝639億円(2)牛肉536億円(3)ウイスキー461億円(4)ソース混合調味料435億円(5)清涼飲料水405億円(6)日本酒401億円(7)ブリ246億円(8)菓子(除くコメ煎餅)244億円(9)牛乳・乳製品243億円(10)サバ220億円。

ホタテ貝がナンバーワンというのは意外でしょう? 中国や米国で大人気。昨年の2倍も売れた。牛肉はもう「wagyu(ワギュー)」で世界に通じる。日本製ウイスキーはここ数年、海外の品評会でメダルを取りまくりだ。

4位のソース混合調味料とはいったい何か。主に「カレールー」である。簡便で美味しいから売れて不思議はないね。マヨネーズや焼き肉のタレなどもソース混合調味料であり、日本製のファンが増えている。

日本産の農水産物が世界から好評なのは「高品質」だからだ。例えば鶏卵の輸出はほとんどが香港向けであるが、昨年30%伸びて58億円となった。現地の人の話では「卵かけご飯」にハマる香港人が増えているのだそうだ。日本以外ではサルモネラ菌が怖いから鶏卵を生では食べないが、日本は完全殺菌。日本旅行で生卵の味を知ったらしい。

それはさておき、日本農業といえばコメである。コメの輸出はどうなっているのだろう。統計を見ると鶏卵並みの59億円に過ぎない。

日本は2016年5月、それまでの「守りの農業」から「攻めの農業」への転換を標榜し、農産物の輸出力強化戦略を策定した。その成果が1兆円の大台越えにつながった。そしてコメ輸出も増えてはいるのだが、日本のコメ作りを支えるには遠い。

農水省の「コメ輸出ハンドブック2019年版」が「なぜ、今輸出なのか」を説いている。わかりやすく要約すれば、日本人が食の多様化でコメを食わなくなった。少子化・高齢化で将来も減る一方だろう。このままではコメ中心の日本農業がダメになるから輸出を増やそう、ということであるらしい。

確かに50年前の日本人は一人年間118キロもコメを食べていたのに、今は53キロと半分以下。キャンプで使う飯盒(はんごう)は2合炊けるが、あれは帝国陸軍の兵隊の1食分である。彼らは朝昼晩、合計6合も食った。宮沢賢治は「雨ニモマケズ」で質素な生活を望んだが、それでも「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」たのだ。現代の日本人は一日、茶碗で軽く2杯。これでは国内市場に未来はない。

コメの輸出先は香港が30%、シンガポールが17%、アメリカが12%、台湾、中国が各8%程度。豪州や欧州、ロシアなどにも輸出される。香港が最大の市場だが、しかしシェアは1%でしかない。「高くても日本産はいい」という消費者はいるが限界がある。日本産の価格はタイ産・中国産・豪州産のおよそ3倍、米国産のおよそ1.5〜2倍程度だ。

従って本気でコメの輸出を拡大しようとするなら、価格を下げるしかない。そのためには日本の農業政策を大転換しないといけない。まずは減反をやめる。日本は減反をやめたと思っている人も多いが、実は「適正生産量」という名の減反が続いている。 

2022年産の適正生産量は675万トンで前年比20万トン減だ。生産量を減らして高い米価を維持するのである。輸出などという面倒なことをせずとも今のままでいい。そういう生産者、農協、政治家が多いのだ。

米カリフォルニア州でとれる「国宝ローズ」「田牧米」はコシヒカリ系で、食えばわかるが日本産に劣らぬ食味である。だが、だいぶ安い。前者の生産者は国府田敬三郎、後者はその弟子の田牧一郎。いずれも福島出身。輸出で稼ぎ「ライス・キング」と呼ばれている。

水不足、乾燥など日本より条件が悪い土地で彼らは成功した。その気になれば日本がコメ輸出大国になれることを示している。