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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

IPEFで中国を包囲する?
-焦点は半導体の供給網-2022.06.11

誰に聞いてもよく分からない。「IPEF(インド太平洋経済枠組み)」のことである。バイデン米大統領の呼びかけで発足したインド太平洋地域の14か国による経済連携だ。

参加国は米国、日本、豪州、ニュージーランド、韓国、インド、ASEAN7か国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)とフィジーである。

一般的な解説はこうだ。インド太平洋地域で米中が主導権争いをしている。米国は中国抜きのTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を作ったのに国内で保護主義が高まって土壇場で離脱。一方、中国はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)という自由貿易協定のリーダーに収まってしまった。

このままではインド太平洋地域を中国に牛耳られる。しかし、米議会はTPP復帰に絶対反対。輸入増加で失業者が増えると。バイデン政権は仕方なく、議会に諮る必要のないIPEFという「枠組み」で中国に対抗することにした、というものだ。

中国から主導権を奪い返したい。しかし、そのエサとして米市場の開放(関税引き下げ)はできない。弱ったな。日本がASEANやインドを説得したそうだ。米国の保護主義は困ったものだが、中国一辺倒もまずいよね。ここは米国の顔を立ててやったらどうだろう、と。最初は7、8か国集まればという情勢だったが14か国まで増えた。

そして、中国の「国家資本主義」の暴走。中国は豪州産ワインの輸入を禁止したり日本向けレアアースの輸出を止めたりと、タテ突く国には乱暴狼藉をためらわない。中国に好き放題させるのはまずい。とりわけハイテク分野。これはどの国も同感だった。

協議の対象は4つ。(1)貿易(2)供給網(サプライチェーン)(3)インフラ、脱炭素(4)税、反汚職。一部だけつまみ食いでもいい。しかも、協定と違って決めたことに強制性はない。ゆるゆるの「枠組み」。

4本柱だが各国が注目するのはサプライチェーンであり、とりわけ半導体(ICチップ)のそれである。

世界は今、半導体不足で自動車の生産ラインが止まるなど各地で混乱が起きている。米中経済摩擦、中国のロックダウン、コンテナ不足による物流の目詰まり、ウクライナ戦争などが絡み合ってのことだ。だから、米国がやる気を出して半導体の安定供給体制を築こうというのなら、ここは一枚かんでおかないと泣きをみるかもしれない。各国ともそう考えた。

米国と中国は「半導体戦争」の最中だ。米国が中国に半導体の供給を仰ぐようになったら米国の負け。米中とも半導体の製造拠点を自国内に引っ張り込み囲い込もうと躍起だ。

バイデン大統領は韓国訪問の初日、サムスン電子の半導体工場を訪れた。サムスンは米テキサス州に170億ドル(約2兆2000億円)を投じて半導体工場を建設中。これに対するご褒美だ。米政府はIPEFで対米投資が加速され「米国の家計と雇用を守ることになる」と国民に説明している。

不思議なのは半導体トップの台湾をIPEFから除外したワケだ。ホワイトハウスの報告書によれば、2021年、最先端半導体の世界生産では92%を台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が占めた。怪物企業だ。世界3位も台湾の聯華電子(UMC)で、台湾が米中半導体戦争のカギを握っている。

それだけに台湾参加は中国を刺激する。中国から睨まれたくないASEAN諸国はIPEFに参加を見送るだろう。今回はIPEF参加国の数を増やすため台湾には泣いてもらった。もっともTSMCは米アリゾナ州に120億ドル(約1兆5000億円)を投じて半導体工場を建設中で、米台協力は着々と進んでいる。

中国共産党は傘下のメディアで、IPEFは「中国排斥を目標とする供給網再構築」の試みだと糾弾する。おっしゃる通り。よく見ているね。しかしながら「既存の供給網ネットワークを破壊して雲散霧消する」と予言する。確かにその恐れがある。参加国の実利がおよそ見えにくい枠組みだから。