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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

イーロン・マスクのツイッター
-「不敗神話」は続くか?-2022.12.01

「ツイッター社」を買収したイーロン・マスクは出社初日、流し台を抱えて会社にやってきた。ツイッターにはその写真とともに「Entering Twitter HQ―let that sink in!」と投稿している。はて、どういう意味だろう。前半はまあ「ツイッター本社に入る」だろう。その後が難しくてNHKは「よく考えてみよう」と訳しているけれど、そうなのかなあ。

ネットで見つけた解説ではEverything but the kitchen sink「流し台以外は総取り替え」という慣用句のもじり、というのがあった。つまり、ツイッター社で大リストラするぞという宣言をしたのだという。もっともらしいが、さてどうか。

いろいろ当たってみたが「流し台の謎」を解いている人は海外を含め見つからなかった。つまり、イーロン・マスクってよく分からない男なのだ。それが長々と書いてきた結論である。

そもそも、なぜツイッターか、が分からない。本人は「文明には健全に議論できるデジタル広場が必要だ」と言っている。本当かね。いかにもウソっぽい。もっと気質的なものが彼を突き動かしているのではないか。

マスクは「不敗神話」の人である。まずは電気自動車(EV)の代名詞となっている「テスラ」。あっという間の急成長で株式時価総額(企業価値)は、いまやトヨタの2倍半。さらに驚くべきは「スペースX」社をつくって民間企業として初めて有人宇宙飛行を成功させた。今日、国際宇宙ステーションは貨物補給を担うスペースXのロケットなしに成り立たない。

また1600機もの衛星をつなぎ、「スターリンク」というインターネット網を構築した。ロシア侵攻でネット網が壊滅したウクライナに無料で提供。これがあればこそ、対ロシア反攻が可能になった。

やることなすこと大当たりだから当然、世界一の金持ちだ。1年前、彼の資産総額は3400億ドルもあった。1ドル=140円として47兆6000億円。ちなみに日本一はファーストリテイリング(ユニクロ)の柳井正氏だが3兆円弱しかない(それでも十二分に羨ましいが)。

しかし、ツイッターを買ったのは正しい選択だったのだろうか。ドタバタ劇の連続でマスクの不敗神話も怪しくなった。

というのも、インフレ退治のために米当局は金融引締めに転じ、景気減速が始まった。真っ先に影響を受けたのがネット広告であり、ツイッターも広告収入が減り上向く気配がない。もともと水ぶくれ体質で最終赤字が続いていた。体質改善は容易ではない。マスク氏は人員整理に大ナタを振るい7400人の社員を2700人にまで減らしたというからスゴイ。

しかし、ツイッター社の先行きは不透明である。ツイッターはフェイクニュースや中傷だらけのゴミ溜め、と批判されている。トランプ前大統領は議会乱入事件を煽ったとして投稿禁止になっていたが、マスクはトランプのアカウントを復活させた。マスクは「投稿の自由」を強調するが、広告主は保守的なものだ。営業的には間違いだろう。

広告がダメなら「スーパーサンクス(投げ銭)」はどうだ、と考えてもいるらしい。10月のショパンコンクール。2位入賞の反田恭平の演奏ナマ中継をユーチューブがやっていた。観ていたら視聴者が寄付をネット経由で主催者に送っている。温泉旅館の舞台で「おひねり」を投げ込む感覚だ。ツイッターも真似るようだ。

しかし、そんなことをやっている場合だろうか。マスクはツイッター改革に熱中するあまり、本業のテスラ社の経営がおろそかになっているのではないか。株主は不安がっている。株価は昨年11月の最高値407ドルから170ドルまで急降下だ。中国メーカーに販売台数首位の座を奪われ、その差は広がる一方。しかも、23年型量産車に不具合が見つかり32万台がリコールに追い込まれた。

ツイッター買収に要した金額は総額440億ドル(約6兆2000億円)。果たしてその値打ちがあるのだろうか。