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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

社会主義大国ニッポン
-日銀マジックが株高を支える-2020.11.11

いろんなひとが「日本は世界最大の社会主義国だ」という。『ニューズウイーク日本版』(7月27日)では周来友という中国人ジャーナリストが「貧しくとも豊かな生活が昔の中国にはあった。だが私の祖国はあれから大きく変わった。移り住んだ日本で、まさか理想の社会主義を見つけるとは思ってもみなかった」というエッセーを書いていた。日本は平等主義の社会であり社会保障もしっかりしているので安心して暮らせる、と。よく聞く話である。

あれこれ詮索すれば、実は日本では貧困問題が深刻化しており、先行きは懸念材料だらけだが、日本人の多数派は「まあまあかな」と思っている。それが証拠に自民・公明の連立政権はそこそこの評価を得て安定している。

日本はなぜ世界に冠たる「社会主義国」として破綻せずに国民の多数派の支持を得ているのか。それはアベノミクスのおかげというほかない。菅首相もこれを引き継ぐと言っているからスガノミクスと言ってもよい。

日本が物心両面で冴えなくなった主たる理由は、世界の少子化・高齢化の最前列にいるせいであり、これをはねのけるのはまず無理である。さらに企業経営者は「社会主義化」で国の支援に慣れ、冒険心を失い自ら打って出ようとしない。だから、アベノミクスで国債を大増発して企業のカネを国に集め、福祉、教育、国防、公共事業にばらまくのは理にかなっている。

アベノミクスの手品のタネは日本銀行である。政府がいくらでも国債を発行できるよう民間銀行から国債を買いまくる。日銀が政府から直接買うのは財政法違反だが、実質同じことをやっている。日銀の金庫は国債で膨れ上がっており、国債相場が崩れたら日銀は「債務超過」になって倒産だ。それがアベノミクス批判派の言い分。ただ今日明日、そういうことになる心配はない。このままだといずれそうなりかねない、ということだが、ここではアベノミクスのもうひとつの異常さを指摘したい。

ETF(上場投資信託)というものがある。日経平均株価などに採用されている株式等で構成されている投資信託で、株価指数と連動した値動きとなるが、あたかも個別銘柄を買うように売買できる。日本銀行がそれをやっている。それもしこたま。

朝日新聞が東京商工リサーチなどの協力で調べたところ、東証1部2166社のうち8割で日銀と年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)で大株主(保有比率5パーセント以上)となり、10パーセント以上も約630社。最も高いのは半導体大手アドバンテストの29.0パーセントで、TDK26.6パーセントなど、20パーセント超も28社。保有額全体ではGPIF36兆円、日銀31兆円の計67兆円。東証全体の時価総額約550兆円の12パーセントを占めるそうだ。

世界を見渡して中央銀行が株に手を出しているのは日本とスイスだけである。スイスは通貨防衛の一環で買っており日本とは理由がまったく異なる。では日本銀行が株を買っている理由はなにか? それはもうひとえに「株価をあげるため」である。その結果、アドバンテスト、TDK、日東電工、東京エレクトロン、太陽誘電といった錚々たる企業の25〜30パーセントの株式保有者となり筆頭株主となっている。ハイテク分野で世界シェアトップの製品を有する日本の宝というべき企業群である。そのうち過半数を握って国有化か?

安倍さんも菅さんも決して認めないが、アベノミクスの目的は円安を通じた株高誘導であった。第2次安倍政権の8年を経て日経平均は8600円から2万3000円へと2.7倍になった。相場が下がれば日銀が買い支えたからである。

中国の上海株式市場で人に聞けば「株で損することはない」と言う人が結構いるそうである。なぜなら、下がれば中国政府が買い支えるからである。上海市場ですら同じ期間に6割ぐらいしか上がっていないから、東京市場は大戦果である。日本の社会主義化は、ここに至ってほぼ完成の域に達した、というべきであろう、嗚呼。