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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

グリーンランドを購入したい2019.9.01

-トランプ米大統領の中国締め出し戦略-

「さすが、不動産王」とだれもが思ったに違いない。トランプ大統領が、デンマーク領グリーンランドの購入に関心を示し、顧問らに可能性を検討するよう命じたという。

グリーンランドは北大西洋と北極海の間にある世界最大の島で、面積は日本の5.73倍にもなる。人口は約5万7000人でほとんどがカラーリットと呼ばれるイヌイット(エスキモー)で沿岸部に居住する。人種も言語も異なるデンマークの植民地だった。昔は圧政に苦しんだが、現在は自治政府を有し本土と同等でグリーンランド王国を形成する。

島の80パーセントが氷と万年雪におおわれ、場所によって氷の厚さは3000メートルにも及ぶ。まあ、超巨大な氷の塊。温暖化でその氷が急速に融解しつつあり海面水位を押し上げている。全部溶ければ海面は約7メートル上昇するそうだ。東京の山手線の東側はだいたい水没する。これまではそうした温暖化とのからみで話題になることが多かった。

グリーンランドの首都ヌークの近くには9ホールの「ヌーク・ゴルフクラブ」があって、夏の4か月だけ開いている。写真を見るとセント・アンドリュースも真っ青の岩だらけの難コースだ。ゴルフ好きのトランプ大統領ならプレーしてみたくなるかもしれない。むろん、それがトランプ大統領の購買意欲をそそったわけではない。

北極海・北大西洋の戦略的価値が上昇しており、ロシアと中国の影響力を排除する必要があるのだ。とりわけ中国。

グリーンランド政府は空港建設計画(3か所、事業費約600億円)にデンマーク政府が冷淡なので、2017年、首相が訪中して融資に協力するよう打診した。中国はグリーンランドの地政学的・資源戦略上の価値に敏感で前向きな反応を示した。

米政府機関の調査では、北極海域には推定900億バレルの原油、推定1670兆立方フィートの天然ガス等が存在しており、世界の未発見埋蔵量の22パーセントに相当するという。グリーンランド政府によれば、領域内には埋蔵量でサウジアラビアの42パーセントに相当する油田があるといい、ウラニウムやレアアースの鉱床もみつかっている。

中国は昨年、中国は「近北極国家」であると宣言した(中国がそうなら日本はもっと「近北極国家」だ)。氷に閉ざされていた北極海は、温暖化で氷が溶け夏場は航行できるようになっている。中国はそれに着目して北極圏に新航路を開き、地下資源を開発する計画を策定した。「北極シルクロード」戦略である。グリーンランドはその要となる。

米国を筆頭とする西側諸国はこれまで、一帯一路の軍事的含意を軽視してきた。中国は豊富なチャイナ・マネーを地域開発の名目で貸し込み、相手国政府を借金漬けの返済不能に追い込む。そのうえで借金のかたとして港湾を租借するなどして、世界各地に軍事拠点を築いてきた。パキスタン、モルディブ、タジキスタン、スリランカなどが「債務の罠」に嵌(はま)ってしまった国々だ。

グリーンランドでは米国は機敏だった。国防長官がグリーンランド国防相と会談し「中国の軍事拠点」設置阻止を確認させ、グリーンランドの3つの空港はデンマーク政府と米国の資金協力で建設することになった。米国はグリーンランドにチューレ空軍基地をおいているが、これは米国のミサイル防衛システムの重要拠点である。中国に近辺でウロチョロされたくない。

米国は戦後まもなく、トルーマン時代にもバーンズ国務長官がデンマーク外相に「売ってくれない?」ともちかけたことがある。メルカトル図法の地図ではピンとこないが、米国人にとってグリーンランドは北米大陸の一部にみえるのである。この話、「冗談」で終わるだろうが、日本人にとって北極圏の重要性を知るよい機会になった。