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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

植田日銀が17年ぶりの利上げ
―クロダノミクスへの決別始まる―2024.04.01

ケインズは「利子は経済の体温である」と言ったそうである。なるほど、うまいことを言うものだ。ヒトは運動をすると体が熱くなって汗をかく。体温が上昇するからだ。経済活動もまた、活発になり好況になると利子率が上がってくる。すなわち高金利は好況の証し、低金利は不況の印である。

ご承知のとおり日本の金利はゼロに等しかった。銀行に普通預金を預けると、預金金利は年0.001%。1万円預けて1年後に10円の利息しかつかない。ほとんど金利ゼロ、つまり体温ゼロの世界。日本経済は凍りついた冥界同然だったのである。

それが3月19日、ようやく金利のある世界に向かって歩き始めた。日銀は金融政策決定会合でおよそ17年ぶりの利上げとなる「マイナス金利」政策の解除など大規模な金融緩和策の転換を決めた。つまり黒田東彦前日銀総裁による「クロダノミクス」=異次元の金融緩和からの決別である。

中央銀行というのは景気が悪くなると金利を下げて設備投資を促す。しかし、金利をゼロに下げてもダメだったので、ついに金融機関からありったけ国債を買うことにした。カネをバラまく(量的緩和)。そうすれば物価も上がり景気も良くなるだろうと。しかし、それも効かない。ついには、銀行が日銀に当座預金を預けると逆に民間銀行から金利をとった(マイナス金利政策)。まさに異次元。

異常なのは不動産(J―REIT)や株(ETF)まで大量に買い込んだことだ。そんなことをする中央銀行など、どこにもない。日銀の株式保有残高はいま時価で67兆円。売却を始めれば暴落必至だ。

異次元緩和は最初2年の約束だった。それが11年も続いた。安倍晋三首相も途中でムダをさとって「やめてもいい」と言っていたそうだが、後戻りできなかった。日銀の国債保有残高は585兆円、発行残高の54%に達し、これも売ると言った途端に暴落して、金融危機を引き起こしかねない。今回の政策変更でも植田総裁は、市場を安心させるべく「国債は買い続ける」と明言した。

とは言うものの、出口政策(金融政策の正常化)に踏み出せたのは幸運である。技術的すぎるから詳述しないが、YCC(長短金利操作)をなし崩しに有名無実化していった手際は賞賛に値する。そして何より政策変更の理由が誰にもわかりやすいものだったのが大きい。つまり、春闘で2年連続の大幅賃上げが行われた。平均5.25%。日本経済の地合いの変化を誰もが感じた。

春闘の成果はクロダノミクスの手柄ではない。人口動態の必然である。人口減少で人手不足が甚だしく、賃上げしないと労働者が集まらなくなった。賃上げ→コストアップ→値上げ→収益増加→賃上げ、のシナリオ。それが実現するかどうかであるが、バブル崩壊後なかったチャンスだ。

クロダノミクスの功を言う人もいる。株価が史上最高値を更新し4万円の大台に乗ったではないか、と。しかし、この株高は米国経済の好調が続いていること、そして円安が理由である。超低金利の円で外貨運用する円キャリートレードが膨大な規模に膨らみ、それが円安を引き起こし日本株を「お買い得」にした。これまでの株高はその循環だった。そもそもアベノミクス・クロダノミクスの異次元緩和の動機に円安・株高があったのは間違いないだろう。

その裏側の害は大きい。クロダノミクスが始めたのは、事実上、禁じ手の国債の日銀買い入れだ。財政はタガが外れ大盤振る舞い。その結果、日本経済が活気を失ったのは逆説でもなんでもない。年金、医療制度改革は先送りされっぱなしだし、補助金でゾンビ企業は温存され賃金上昇の足を引っ張ってきた。

金融政策で日本経済の生産性を上げることはできないし、われわれの暮らしを豊かにすることもできない。そのわかりきった理屈を確かめるため、空費した30年であった。しかし、出口は、はるか先である。