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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

少数派優遇の入学選考は違憲!?
-米名門大学のウラとオモテ-2023.08.01

アメリカの多くの大学が入学選抜で黒人とヒスパニックを優遇している。「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」である。これに対して米連邦最高裁が6月、ハーバード大学とノースカロライナ大学のアファーマティブ・アクションについて「法の下の平等を定めた憲法修正第14条に違反している」と違憲判決を出した。

トランプ前大統領の時代に保守派の最高裁判事を増やした。その当然の帰結である。実のところ、低所得の白人の世帯数は、低所得の黒人とヒスパニックの世帯数を足した数より多い。その観点からは黒人とヒスパニックを大学入学で優遇するのは逆差別だ、と言えなくもないのである。

米国メディアはトップニュースで扱い論議は今も広がっている。何となれば米国は「学歴」が日本よりずっとものをいう超学歴社会だからだ。

高給企業は名門大卒を優先採用するし、今をときめくシリコンバレーは、スタンフォード大やUCバークレーなど全米トップ大学の卒業生のコミュニティである。学部卒の「学士」と大学院卒の「修士」「博士」の年収格差も日本に比べ米国はずっと大きい。企業や官庁の幹部も米国では大学院卒が多い。

注目されるのは、この訴訟の原告にアジア系が含まれていることだ。普通に考えれば、彼らは少数派だからアファーマティブ・アクションの擁護者のはずだ。しかし、この訴訟でアファーマティブ・アクションはアジア系に不利に作用していると主張している。

実はアジア系もアファーマティブ・アクションの対象だった時期があった。しかし、アジア系は成績優秀がアダとなって対象から外されてしまった。というのも、放っておけば大学はアジア系であふれてしまうからだ。だから実際のところ、東部の名門大学として知られるアイビーリーグ(ハーバード、イエール、ブラウン、コロンビア、コーネル、ダートマス、プリンストン、ペンシルベニアの8大学)では、アファーマティブ・アクションで保護するどころか、アジア系を本来あるべき比率以下に絞って入学させている。

学業だけで選抜されていれば、現在19%のアジア系の学生比率は43%のはずだという。実際、人種バイアスを禁じているカリフォルニア州のカリフォルニア工科大学(世界大学ランキング6位)のアジア人比率がそんなところである。アファーマティブ・アクションで黒人とヒスパニックを優先入学させるせいで、アジア系がますますシワ寄せを被っているというわけだ。

これに限らず、米国の大学の入学者選抜のやり方は日本とはだいぶ違う。「学業成績に加えて課外活動の状況、スポーツや芸術的能力、本人のエッセーなどを考慮する」という。問題は「など」だ。それには有力卒業者の子弟の優先入学、多額の寄付金加点などが含まれる。アイビーリーグもコネとカネ次第なのだ。

ハーバード大学は受験者の10%しか受からない大学だが、親が卒業生だと40%にはね上がる。大統領を2人も出したブッシュ家は4代連続イエール大学の卒業生だ。トランプ前大統領は名門ペンシルベニア大学ウォートンスクールを出たMBAだが、150万ドルを寄付している。その娘婿クシュナーの親はハーバードに250万ドルを寄付した。

大学は企業同様激しい国際競争にさらされており、勝ち抜くには資金が必要だ。ハーバード大学は寄付金が積もり積もって530億ドル、つまり大学の運用ファンドは7兆円強にもなる。これで巨額の研究費をまかなうとともに、奨学金を出して世界中から優秀な学生を集め、ますます評価を高める。現在、所得7.5万ドル(約1000万円)以下の世帯の学生は授業料ゼロ。学生5人に1人という。つまり、トランプのような金持ちからカネをふんだくって、頭のいい貧乏学生にバラまく。米国人が「寄付入学? ま、いいんじゃない」と容認しているのには理由があるのである。