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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

グローバルサウスを取り込め
-広島G7からインドG20へ-2023.05.01

岸田外交のキーワードは「グローバルサウス」だ。広島G7サミットでもこれを目玉にするそうだ。果たしてうまくいくのか。そしてそもそもグローバルサウスとは何だろうか。

グローバルサウスとは実態として発展途上国・新興国のことだ。しかし、この言葉は「発展段階説」に由来し、欧米優越史観の臭気がする。そこで代わりに使われるようになったのがグローバルサウスだ。

グローバルサウスの国々をめぐって、G7など民主主義陣営と中国・ロシアなど権威主義・専制体制国家が、自陣営に引っ張り込もうと綱引きをしている。ロシアによるウクライナ侵略戦争。国連でのロシア非難決議(2月)は141か国が賛成したが、7か国が反対、そして32か国が棄権した。

あの露骨な侵略戦争を非難しない国があるのだ。ロシア、ベラルーシ、北朝鮮などが反対するのは独裁国家仲間でわかるが、棄権した国の顔ぶれを見ると中国、インド、南アフリカ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、エジプト、イラン、イラクなどグローバルサウスの有力どころが並んでいる(中国は超大国であり、普通グローバルサウスとは見なされない)。

これで明らかなように、グローバルサウスは先進国の言いなりにならない。日米欧と中ロを天秤にかけ、ケースバイケースで国益にかなう側につく。例えば制裁で先進国が輸入をストップしたロシア産原油。その分をそっくりインド(と中国)が肩代わりし制裁は底抜けになっている。

そして最近、グローバルサウスの国々の反米パフォーマンスが目立つ。ブラジルのダ・シルヴァ大統領は4月、国賓として訪中し習近平主席に「新しい世界秩序づくりで協力する」と約束した。サウジアラビアはロシアと組んで石油減産を主導、油価上昇を通じてロシアの戦費調達を助けている。さらに中国の仲介による「宿敵」イランとの国交回復。米国との蜜月は遠い昔語りになった。

クリントン政権時代の財務長官、元ハーバード大学学長のラリー・サマーズ氏が面白いことを言っている。「途上国の政治家から『中国から得られるものは空港、米国から得られるものは説教だ』と言われた」と。米国は「理念の帝国」である。つい人権を守れとか、あれこれおせっかいを焼く。

バイデン米大統領は3月、中露に対抗する民主主義サミットをオンラインで開催し120か国が参加した。しかし、ロシア批判のサミット宣言にサインしたのは73か国にとどまった。サインした国でも、インド、イスラエル、フィリピンなど12か国は人権侵害者条項には同意を拒否した。

説教癖の克服が米国の課題だ。しかし、不思議なことに軽井沢でのG7外相会合では米国がグローバルサウスという用語を使うことに反対し、宣言に採用されなかった。理由は「上から目線」に聞こえるから。

「お前が言うか」である。しかし、米国の真意は多分、G7でこの言葉を使えば「グローバルサウス」を公認したことになり、彼らをますます勢いづかせる結果になるのを恐れたのではないか。かつて米投資銀行ゴールドマンサックスが有望投資先としてあげた5か国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア)がG7に匹敵する経済規模になり、「瓢箪から駒」でBRICSという国家連合を形成してロシアの友好勢力になった先例もある。

すでにインド、ブラジルはグローバルサウスの盟主のように振る舞っている。インドネシア、エジプト、ナイジェリアなどの地域大国も、グローバルサウスの利用価値に目覚めたようだ。グローバルサウスはまだ曖昧あいまい模糊もことした存在だが、それがはっきりした形を持ち始めては、米国の覇権がますます脅かされてしまう。

結論を急げば、岸田グローバルサウス戦略が試されるのは、この秋のインドG20首脳会議だろう。議長国インドの采配が少しでもG7寄りになれば大成功である。