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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ロシアに逆制裁されたドイツ
-エネルギー過剰依存の果てに-2022.07.21

ロシアがドイツへの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の栓を閉めてしまった。ポンプの定期点検を理由にしているが、ドイツが対露経済制裁に加わり、最新兵器までウクライナに供与しようとしていることへの揺さぶりなのは明らかだ。

ガス供給量は6月から契約の4割に絞られているが、このまま全量ストップという観測もある。ドイツの冬の寒さは厳しい。ガス暖房できないと凍死者も出かねない。「欧州の一人勝ち」と世界に羨まれたドイツ経済が、逆制裁をくらって失速の危機である。

それにしても、ドイツのロシアへのエネルギー依存度の高さは常軌を逸している。天然ガスの55.2%、石炭の48.5%、石油の33.9%だ。北朝鮮の金日成ですら電力供給をソ連に依存し過ぎるのを警戒した。首根っこを抑えられたらおしまい。それがエネルギー安全保障の初歩。ドイツがロシアにここまで無警戒だったのはなぜだろう。

1973年の石油ショックで、西側諸国はエネルギーの中東依存の危うさに目覚めた。日本にはしかし、中東以外の選択肢がなく今日に至っている。ドイツは違った。近くにソ連があった。ソ連への接近が始まり、シュレーダー政権(1998〜2005年)で「癒着」の段階に至る。この時期、警戒論を押し切ってノルドストリーム計画がスタートする。シュレーダー氏は引退後、ノルドストリームの役員におさまった。

ドイツと日本の共通点は「敗戦国」ということだ。そして戦後の日本の政財界人の多くが、アジア諸国に「負い目」を感じ、それが経済協力につながったように、ドイツではソ連(ロシア)に対し「償い」に傾斜する気分が強い。なにしろ独ソ戦でソ連人2000万人が死んでいる。

そして、戦後体制を形成した「貿易を通じた変化」という思想。それが最も強力に浸透したのがドイツだった。つまり、貿易は取引する双方に富をもたらす。貿易を通じて豊かになった国は民主主義体制へと変化する。そういうドグマである。

それに基づき、ドイツはロシアからエネルギーを輸入し中国に製品輸出するという「勝利の方程式」を編み出した。危険はない。なぜなら中露はそれによって民主主義への道を歩むはずであり、互恵のスキームを壊すはずがない、というわけだ。メルケル政権のガブリエル経済相はドイツのエネルギー安保について「ベルトとズボン吊りを両方つけているぐらい安全だ」と豪語していたが、今やズボンは脱げ落ちそうだ。

窮地に追い込まれたドイツだが、脱原発の旗は下ろさない。公約通り年末には原発を全て停止する。しかし、「毒ガス」発生装置とまで言っていた石炭火力発電は復活である。2045年までにCO2ゼロを掲げているが、達成ははなはだ怪しくなった。そしてガスはパイプラインからLNG(液化天然ガス)に切り替えるが、受け入れターミナルの建設、調達先の確保などクリアすべき問題が多い。ドイツの正念場だ。

蛇足めくが、世界で初めてLNG発電をやったのは日本だ。1965年、東京ガスの安西浩副社長が東京電力の木川田一隆社長に共同購入を持ちかけたのがきっかけ。割高で未経験のLNG発電に反対一色だったが、木川田が公害防止の切り札として押し切った。

LNGは2030年の長期契約が基本で、割高だがクリーン。輸入先が豪州やマレーシア、米国などで安定供給が見込めた。日本の電気代も上昇しているが欧州ほどでないのはLNGの価格変動が小さいためで、エネルギー安全保障の要であることを実感する。昔は先見力に富んだ経営者がいた。

ところが昨年末、東京電力と中部電力の燃料部門を統合したJERAは25年にわたるカタールとの長期契約の更新を見送った。もっと安く買えるところがあると踏んだらしいが、今日の情勢を踏まえれば大失敗は明らか。ドイツのエネルギー安保に関する「お花畑シンドローム」を日本は笑えないのである。