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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

コロナで「医療崩壊」?
ー「ガラガラの病院も多いのに」ー2021.01.21

コロナ禍に対する日本の医療体制の話である。世界保健機関(WHO)の2020年発表では日本の平均寿命は84.2歳で世界一である。国民皆保険制度が機能している証拠だ。ニューヨークのマンハッタンで急性虫垂炎(つまり盲腸)をこじらせて1週間入院すると何と7万ドル(約740万円)かかる。日本だとせいぜい10数万円ではないか。

戦後まもなく、日本の南端で内科医院を開業した私の義父は、年の暮れになると患家を回ってたまっている治療代を回収していた。ツケ払いが多かったのである。なかには畑で採れた大根や芋を治療代替わりに置いていく人もいた。したがって彼の家族は貧しくはないにしても、裕福ではなかった。

リッチになったのは国民皆保険の導入のおかげだ。医者は儲かるビジネスになり、近頃、アタマのいい子は東大や京大の理学部に行ってノーベル賞を目指すより、地方大学の医学部へ進み医者になって豊かな暮らしをする方を選ぶ。

その日本がコロナの第3波に襲われ「医療崩壊」寸前だという。そもそも日本のコロナ感染者は欧米に比べ桁違いに少ない。新年10日間の人口100万人当たりの新規死者数を見ると、英国86人、ドイツ70人、アメリカ63人等々に比べ日本は3人である。ところが、医療現場からは「もう限界だ」と悲鳴が上がっている。

では、なにをもって「医療崩壊」というのだろう。医療の常識では「重症患者を受け入れるベッドが足りなくなった」ということだ。イタリアのベニスや米国のニューヨークでは青息吐息の重症患者が病院の廊下に溢れ出す事態となった。ああなっては困る。

東京都によれば1月7日現在、重症患者113人に対し220床が確保されている。重症者用の人工呼吸器は3000台以上あって取り扱い者も1600人いる。実際に使っているのは76件で、4月の第1波以下だ。これでなぜ「医療崩壊」と騒ぐのか。

コロナ患者が増えたのは事実だが、東京のICU(集中治療室)のベッド数は1000床以上あり、フル稼働すれば何の問題もない。それが危機的状況にあるというわけは、2割の病院しかコロナ患者を受け入れていないからである。コロナ感染者を受け入れているのは、公立病院では69パーセント、公的病院(日赤、済生会など)は79パーセントだが、民間病院は18パーセントにとどまっている。非常に低い。

しかし、これを「けしからん」と単純に非難できるかどうか。コロナ患者を受け入れるのはリスクが大きい。民間病院は小規模なところが多く院内感染でも起きれば倒産しかねない。

日本の病床は人口1000人当たり13.7床で世界一だ。しかしこれは経営者側からすれば病床あたり人口が世界一少ないわけで、経営効率が悪い。病院の7割は赤字で、日本のコロナ対応は公立病院と一部の志の高い民間病院に依存しているのが実情だ。

現状では感染症指定医療機関の対策病床使用率は東京都で94パーセント、大阪府98パーセントと逼迫している。ところが、全国では50.3パーセントと半分しか埋まっていない。兵庫県は54パーセント、奈良県は44パーセント、和歌山県はわずか5パーセント。ならば、そうした近県から大阪府に医師や看護師が応援に出向くか、患者を近隣の指定医療機関に移せばよい。しかし、都道府県知事(=保健所)の法的権限では医療機関にそうするよう強制できない。つまり「医療崩壊」は医療資源の不足より、医療資源の配分のゆがみで起きそうになっている。短期的には「緊急事態宣言」で飲食店の営業時間を制限するのも必要かもしれない。だが、中長期的には医療資源の効率的再配分が不可欠である。

非常時に余力のある医療機関があれば、それを機動的にコロナ対応に動員できるように制度改正をすべきだ。仮にそれで院内感染が起きれば、その損失補填を公費で行う仕組みも必要だろう。国民に忍耐を強いるだけでは無策に過ぎる。医師会は渋るかもしれないが、医療の供給体制も非常時に即したものにすべきではないか。