警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

民主主義か相場操縦か
-問われる米株式のネット投資-2021.03.01

「ロビンフッド」という売買手数料無料の投資アプリで、個人投資家が群れをなして米株式市場で大暴れ、という前回の話の続きである。

この話の肝は、零細な個人投資家たちが金持ちたちに「一発かませた」という点にある。金持ちの代理人、ヘッジファンドというプロ集団を危うく破綻の瀬戸際まで追い詰めた。彼らがカラ売りしている「ゲームストップ」という銘柄を、零細投資家がネット上で談合し、「買い」で対抗して大損させた。痛快。

もう少し上品に意義付けすると、金持ちたちの賭場であった株式市場を普通の人の手に取り戻せそうな感触になってきた。1000円や1万円から株が買え、しかも手数料ゼロ。そういう画期的アプリを提供する証券会社の登場で株式市場が「民主化」されようとしている?!

米議会では公聴会が開かれた。ゲームストップ株などヘッジファンドとネット投資家の大取り組みの一番で、ヘッジファンドが土俵を割りそうになった瞬間、ロビンフッドがネット投資家の買いを突然受けなくなったわけや、ロビンフッドとヘッジファンドとの結託疑惑が追及された。民主党議員は零細投資家が不利益を被ったのではないかと追及し、如何に彼らの利益を守るべきかを論じた。つまり、「市場の民主化」の問題ととらえていたわけである。

他方で個人投資家が結託して株価操縦的なことをするのを見過ごしていいのか、という問題提起もある。イエレン財務長官は米証券取引委員会(SEC)、米連邦準備制度理事会(FRB)、ニューヨーク連銀、米商品先物取引委員会(CFTC)の合同会合を呼びかけている。やや物々しいが、ネット投資家のパワーが、警戒せざるをえないレベルになった証しである。

そのなかで、フィナンシャル・タイムズ紙に2月9日掲載された人気女性コラムニスト、ラナ・フォルーハーの「ゲームストップの最大の教訓」(12日付日経「米株式市場と民主主義」)を興味深く読んだ。つまるところ、今回の騒動を「株式市場の民主化」などととらえるのは間違いだ、ということである。そのわけの説き方がなかなか深い。以下は私の考えをまぜこぜにした超意訳である。

米国はかつて人々にまともな仕事を与え年々所得が上がって繁栄した。しかし、それが行き詰まって金融緩和で成長を図るようになった。その結果、実物経済と無縁のマネー資本主義が台頭し、80年代以降は「株など資産価格の上昇を経済の好調さを測る指標として最重要視するようになった」。

いま米国では、税の優遇もあって退職金などを主に株に投資する個人退職勘定(IRA)に入れ、配当や値上がり益を生計の支えとする人が多い。米国では株式を保有する世帯の比率が89年は31パーセントだったのが現在は50パーセントに上がっている。

日本の金融庁の調べでは、1995年からの20年間で、日本の家計の金融資産は1.51倍になった。ところが米国は3.14倍にも急増だ。残高100万円で並んでいた家庭があっとして、いま米国は日本より163万円も多い。これは株式投資に積極的だったかどうかの差である。ついでに言うと、この50年で日経平均は10倍だが、NYダウは35倍になっている。

米国が羨ましいが、しかし、事程左様に株に依存しているから、米国では株価が下がると個人消費が落ち込み米経済は不況に見舞われる。

コロナ後経済の波乱要因

ネットの進化でいまや誰もが株を売買できるようになったが、それは米国経済が強くなったことを意味しない。消費は資産インフレ(株価の上昇)に支えられており、スマホで株を売買している10代の子どもたちが大人になったとき、彼らの多くはネットを通じた手間賃稼ぎの仕事をするしかないだろう。以上、なかなか手厳しいが、反論しようのない正論である。

ネット投資家たちの今後は見通しにくい。イナゴの大群にひとが右往左往しているように、ポストコロナの経済の波乱要因であるのは間違いない。