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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

米国の対中半導体規制
-中国の野望を挫けるか?-2023.02.11

「味の素」の株価が2021年比2倍の4300円に上がっている。どうして?

日本料理が世界中どこでも人気で「うまみ」が「UMAMI」という英語で通用するようになった。その旨みの正体「グルタミン酸」が調味料「味の素」の主成分だ。海外でも理解が進みよく売れる。株価上昇はそのせいもあるだろう。

しかし、一番の理由はそれではない。味の素は調味料の製造過程でできる副産物を利用して「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」という絶縁材を開発した。それが半導体のパッケージ部品に不可欠の材料として引っ張りダコになり、業績を押し上げているという。

昔は「鉄は国家なり」と言った。しかし、今は「半導体」が国家の浮沈を左右する。半導体なしでは夜も日も明けない。味の素の株価2倍のプロセスが、その事情を雄弁に物語っている。

そこで「米中半導体戦争」である。米国は自分に挑戦するものを許さない。パックス・アメリカーナ「Pax Americana(アメリカの平和=覇権)」に挑んだソ連は軍拡競争を仕掛けられて叩き潰された。経済的脅威となった日本は1985年「プラザ合意」を手始めにバッシングを受け、以降、自信喪失で「失われた10年」を3回も繰り返している。今、米国は正面の敵に中国を据えた。先端技術分野で西側から切り離して、米国に取って代わろうという「中国の夢」をくじこうというのだ。その最も有力な手段が半導体規制である。

米国は相手がある一線を越えない限り鷹揚おうような国である。その一線の見極めが難しい。例えば、ニューヨークはマンハッタンのど真ん中、ロックフェラーセンターが売りに出ているからといって買ってはいけない。買った三菱地所は「敵」扱いされた。バブル崩壊もあったが手放すほかなかった(英国資本ならOKだったろう)。自動車は日本車がいくら人気でも市場シェアの3割を超してはならない。一線を越えたからクリントン政権で自動車摩擦が大ごとになった。

半導体も「インテル入ってる」なのであって「インテル困ってる」はダメなのだ。だから1996年「日米半導体協定」締結に追い込まれ市場シェアを制限された。それまで世界市場を席巻していたNEC、東芝、日立の経営者は萎縮し、半導体投資で「勝負」しなくなった。その結果、半導体の世界で日本は競争力を失い、いま台湾、韓国、米国の周回遅れだ。

中国は2017年、習近平国家主席が「中華民族の偉大な復興」を掲げ、米国に取って代わる「中国の夢」を表明した。これが、米国を刺激した。中国は米国の覇権への挑戦者とみなされたのである。

米国の対中半導体規制は昨年10月、その姿を表した。半導体そのものだけでなく、製造装置や設計ソフト、人材も対象に含めて許可制となった。この結果、大陸の中国企業で働いていた米国人は帰国せざるを得なくなった。現在、中国人が米国のグリーンカード(永住・就労許可)を取得するのは極めて難しい。

カギを握るのは「半導体製造装置」の対中規制だ。最先端の半導体を製造する技術・企業は米国、欧州(オランダ)、日本で独占している。日本は半導体の世界シェアは小さいが、半導体製造装置では東京エレクトロンを筆頭に世界の上位15社のうち7社を有する。台湾有事をにらんで、日欧とも米国に歩調を合わすことになり詰めの作業が行われている。

米国の目論見ではこれにより、中国は最先端の半導体を輸入も製造もできなくなる。つまり、米空母を撃沈できるような超高速対艦ミサイルは開発できず、月に人を送り込むこともできなくなる。

しかし、果たしてそうか。欧州最大の半導体製造装置メーカーASMLのウェニンク最高経営責任者(CEO)の見方は甘くない。

「最終的には中国は西側に負けない半導体製造装置を開発するだろう」。米国がソ連、日本に続き、中国の挑戦をも退けられるかどうか、先行き不透明である。