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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「サハリン2」から手を引く?
-再考すべきエネルギー安全保障-2022.04.01

ゼレンスキー・ウクライナ大統領のドイツ国会演説は英米等に対するものとは調子が異なっていた。ドイツに対する「うらみ節」の色が濃かった。

ドイツはロシアの天然ガスの最大のお得意さま。ドイツの輸入の55%が「ノルドストリーム」というパイプラインを通じロシアから流れ込む。その巨額の代金でロシアは軍備を拡張した。「ロシアは戦争資金の調達にあなたがたを利用したのだ」。

あまつさえ2本目のパイプライン「ノルドストリーム2」の建設。「我々がロシアの戦争への準備だと伝えたのにあなた方は単なる経済活動だと答えた」「戦争のさなか、まだロシアとビジネスをしようと言う動きがある」。ロシアに甘いのもいい加減に、と手厳しい。

ドイツ側も反省してウクライナへの武器供与、さらには大軍拡に踏み出した。しかし、ロシアからの天然ガスを切るとは言わない。米国はロシアからの原油・天然ガスの輸入を停止したが、ドイツは追随しない。天然ガス輸入の半分以上が止まったらドイツ経済は破綻するからだ。

対露経済制裁として国際送金・決済システムSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシア金融機関を排除したが、天然ガス取引の決済を担うズベルバンクとガスプロムバンクは猶予している。ことほど左様に天然ガスの脱ロシアは難しい。

日本はどうか。全輸入量の8.3%がサハリン島の「サハリン2」からLNG(液化天然ガス)としてやってくる。ドイツの55%に比べれば数字は小さいが、天然ガス市場は需給が逼迫(ひっぱく)し価格も記録的高値だ。穴埋めは簡単な作業ではない。

サハリン2には日本の商社が出資している(三井物産12.5%、三菱商事10%)。残りはシェル27.5%、そしてロシアのガスプロムが50%+1株。シェルは経済制裁に同調して撤退を決めたが、物産と商事は形勢観望中。

サハリン2を取材したことがある。サハリン島北方で採掘したガスを延々とパイプラインで南端のユジノサハリンスクまで運ぶ。荒涼たる砂浜に、マイナス162度に冷却し液化するための巨大施設と積出埠頭が建設されていた。総事業費200億ドル(2兆4000億円)。

物産と商事なら撤退しても特別損失で倒産することはないだろう。しかし、プーチン大統領は逃げ出した外資の資産は国有化すると脅している。それはともかくも、日本が離脱すれば苦労して確保した利権が他国の手に渡る公算が大だ。中国が第一候補だが、インドかもしれない。パイプラインだと他の国は替われないが、LNGは船さえ手当てできれば簡単に交代できる。

中国はロシアからの天然ガス輸入を急拡大させており、既存のパイプライン「シベリアの力」に加えて「シベリアの力2」も完成間近である。総輸入量は980億立方メートルとドイツの860億立方メートルを上回る見通しだ。

注目されるのはインドの動きで、ロシアが割引価格で原油の輸出を持ちかけているのに応じる気配が濃厚だ。しかも、ドルやユーロが不足しているロシアに配慮して、ルーブルとルピーの通貨交換で決済する方向という。インドが中国とともに対露経済制裁の抜け穴になることが懸念される。

インドは「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指す日米豪印によるいわゆる「クワッド」の一員ではあるが、「国益優先」の前にはクワッドも隅に追いやられた。しかし、こうした抜け穴によってロシアに対する経済制裁が効かなければ、「力による現状変更」が罷り通ることになり、東アジアの安定をも損ないかねない。

今回の事態で日本が(ドイツもそうであるが)改めて痛感させられたのは、化石燃料は「商品」などでなく「戦略物資(資源)」であることだ。いま脱CO2と脱原発のイデオロギーが世を覆っているが、それは日本のエネルギー安全保障と両立できるものなのか、よくよく思いを巡らす必要がある。