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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

中台の衝突で揺れるTPP
-議長国日本は妥協を排せ-2021.10.11

「TPP亡国論」というものがあった。TPPは環太平洋の12か国(米国、カナダ、メキシコ、ペルー、チリ、日本、ベトナム、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、豪州、ニュージーランド)による自由貿易協定。それに対する反対論だ。「米国の属国になる」「日本の農業は全滅する」というのである。

ところがトランプ大統領になって、言い出しっぺの米国が交渉から離脱して空中分解しそうになった。この危機で見事だったのが日本の安倍首相(当時)で、参加国を説得して米国抜きのTPPをまとめあげた。俗に「TPP11」という。2018年末の発効・発足である。

それから丸3年が経とうとしているが、日本は亡んでいない。それどころか、近頃、妙にTPPの人気が高い。

まず、欧州連合(EU)を離脱した英国が加盟申請してきた(2021年2月)。そして、驚いたことに9月、中国が加盟申請、その翌週には台湾も参加を表明したのである。ややこしいことになった。今年はたまたま日本が議長国で新規加入問題の調整役となっている。はて、どうしたものだろうか。

順調に進みそうなのは英国である。TPPへの加入には11か国全部が賛成する必要がある。英国は既に実質協議を始めており、来年中には決着させたい考えだ。TPPの目標は「自由貿易圏」の構築だが、「市場アクセス(関税)」と「貿易・投資ルール」の2分野でかなり高い自由化を求めている。英国は参加条件をクリアできるだろう。

問題は中国と台湾。中国は「台湾は中国の一部」だとして外交活動を妨害しており、TPPへの参加はまかりならぬと表明した。もっともTPPに参加できるのは「国」だけでなく「独立の関税地域」でも可能だから、参加資格はある。ただ、台湾を認めると中国との関係が悪化するのは目に見えているので、参加各国は腹をくくらないといけない。

ふつうに考えれば、中国はTPPの参加基準を満たしておらず拒否されて当然である。国の補助金や優遇策で世界に敵なしの中国の「国有企業」はTPPのルール違反であろう。ウイグルなどでの「強制労働」もアウトだ。その他、突っ込みどころだらけ。台湾はそれに比べれば問題は少ないが、福島、茨城など5県で生産された食品の輸入を禁止している。日本がOKを出すにはこの禁輸措置の撤廃が不可欠だが、台湾は見直しを表明している。

さて、中国はかくの如き情勢なのに、それを承知で加盟申請してきた。なぜだろう。一番大きいのはTPPを外圧として国内改革を進める狙いだろう。国営企業は有力政治家の資金源であり、社会保障まで担っているが、資本効率が低い。このままでは中国経済は飛躍できない。

と同時に、現状では米国がTPPに復帰する気配はないものの、戻ってこないとはいえない。そうなればTPPも米国主導の中国包囲網に変容するおそれがある。今の力関係なら11か国を個別撃破できる。中国の「国家独占資本主義」を大目に見てもらって参加できるかもしれない、と踏んだのだろう。

もちろん、豪州とは関係が最悪だ。豪州産ワインへの制裁関税を取りやめたぐらいではOKしてもらえないだろう。しかし、ペルーやマレーシア、シンガポールは中国歓迎である。しかも、来年の議長国はシンガポール。何か国かに圧力をかければ、少なくとも台湾の単独加盟は阻止できるだろう。目的のひとつは達成される。

つまり、中国は加入できなくてもいいのだ。TPP加盟国を分断して台湾加盟を阻止し、中国の影響力を思い知らせることができれば良い。それがつまりは米国の太平洋支配への大きなゆさぶりともなる。

TPPはもともと、中国加入を予想して構築されている。中国が加入するにはいわば「国家改造」をしなければならないほどのハードルを設けた。中国があまりに強大になったのでそのことを忘れてしまうが、日本にとってこれはチャンスでもある。TPPの一言一句も曲げてはならない。