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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

米国よりロシアを選んだサウジ
-ガソリン高騰に打つ手なし?-2022.10.21

米国ではガソリン価格が中間選挙の行方を左右しかねない。ロシアのウクライナ侵略を受けてガソリン価格は今春、一時1ガロン(約3.8リットル)=5ドルに迫った。3ドルを超えると議員の事務所に有権者から苦情が殺到する国である。夏場になって景気減速見通しで4ドルを切ってきた。しかし、なお先高感は強い。

ガソリン価格を下げるのに手っ取り早いのは、サウジアラビアに原油を増産させることだ。原油の産出量は昨年、(1)米国1647万バレル(2)サウジアラビア1103万バレル(3)ロシア1066万バレル(4)カナダ513万バレル(5)イラク511万バレルだった。以下中国、アラブ首長国連邦、イランと続く。即応できるのはサウジだけである。

バイデン大統領はサウジに足を運び原油増産を頼んだ。しかし、サウジは逆に動いた。10月5日の「OPECプラス」でロシアと連携し11月からの減産を決めた。バイデン大統領のメンツは丸つぶれ。サウジはなぜ、米国でなくロシアを選んだのか。

OPECプラスは2016年にできた産油国23か国の協議体だが、事実上サウジとロシアが談合で生産調整する場である。ロシアの今年の原油税収は1400億ドル(約20兆円)と前年比3割近く増加する見通しとなった。ウクライナ戦費はこれでまかなえる。

サウジと米国の関係は「石油と安全保障の交換」といわれる。サウジは石油を安定供給する。米国はサウジに軍事力を提供し地域大国の地位を保証する。米サウジ関係の冷却はこの交換が成立しなくなったからだ。

なんといってもシェール革命だ。頁岩けつがんにヒビを入れ水圧で石油・ガスを取り出す革命的な掘削法。これで世界一の産油国となった米国はサウジに遠慮する必要がなくなった。2018年のサウジ人記者(ワシントンポスト紙)殺害にサウジのムハンマド皇太子が関与しているとして非難、関係は一気に冷え込んだ。

ムハンマド皇太子は実に興味深い人物だ。石油枯渇時代を見据えて大改革を推進している。反対派を弾圧し殺人も厭わない一方で女性差別を次々撤廃し雇用を拡大している。彼の最優先課題は原油価格の維持だ。最低でも1バレル=80ドルの線は譲れない。

というのも(1)イランに勝てる軍備(2)原発を含むインフラ整備(3)手厚い社会保障、を実現するには、1バレル=80ドル以上の油価が必要だ。そのためにはロシアとも喜んで手を握る。米国がクールになった分、サウジの対米姿勢もまた冷ややかになったのである。

ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、バイデン政権の「独裁者詣で」はまだ続くそうだ。ベネズエラのマドゥロ大統領への制裁(取引禁止、資産凍結など)を解除し対米石油輸出を再開させる、という。政治腐敗で国家財政が破綻し人口の2割を超す600万人の難民を出した国である。米国は対抗馬を支援してマドゥロ追い落としを図っていたが、ガソリンの方が大事になったらしい。

バイデン大統領は「サウジは今回の決定で『報い』を受ける」と述べたが、中身は不明だ。米議会では「石油生産輸出カルテル禁止(NOPEC)法案」を審議中だ。OPECの協調減産はカルテルによる価格操作だとして司法省が提訴できるようにし、損害額相当の在米資産を凍結することを可能にする。独禁法の国外適用は米国の得意技だが、これは劇薬。OPECプラス側にも強力な対抗措置があるから、良策とはいえないだろう。

しかし、ここで疑問なのはなぜ米国は自分で増産しないのかである。アラスカの北極海沿いの自然保護区には巨大な油田が眠っている。アラスカ開発は極論としても、自国で増産する余地は十分ある。しかし、バイデン政権は環境団体におもねって国有地でのエネルギー開発を停止してきた。サウジを叩くのもいいが、足元の政策見直しが先決ではないか。まず隗より始めよ、というではないか。