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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「日本化」する中国
ー習近平独裁体制の危うい帰結ー2023.09.01

中国が「日本化」するという。日本はバブル崩壊以後、デフレが進み経済成長が止まった。いわゆる「失われた30年」である。破竹の勢いだった中国経済だが、日本と同じ長期停滞に陥る兆しが出てきたらしい。

日本化の原因は様々だが、キーワードは「バランスシート不況」である。バランスシートは企業の資産と負債を対比する貸借対照表のこと。バブル崩壊で資産は急減する一方、負債はそのまま残った。負債が資産を上回る債務超過になったら倒産の危機だ。銀行は企業に金を貸すどころでなく、企業は設備投資などしていられなくなった。つまり、バブルの後始末(=バランスシートの回復)が最優先になり前向きな企業活動がストップした。これが長期停滞を引き起こした。

白川方明元日銀総裁はバブル崩壊後の10年がこのバランスシート不況だったとしている。では現在に至る残り20年の停滞の原因は何か。その主因は少子高齢化、厳密には生産年齢人口(15〜64歳)の減少である。日本の生産年齢人口は1995年の約8700万人をピークに減少する一方だ。労働と消費を担う人口が減ったのだから、昔のような成長を維持できなくなって当然である。

そこで中国。

マクロの数字を見ると、食品とエネルギー価格を除く「コアCPI(消費者物価指数)」の伸びは、昨年4月からずっと1%以下。中国当局者の間にもデフレ懸念が強まっている。

理由はなんと言っても不動産バブルの崩壊。大手不動産の恒大集団が8月17日、ニューヨークで米連邦破産法15条の適用を申請した。恒大は不動産価格の暴落で資金繰りが行き詰まり、マンション建設がストップ。カネは払ったのに入居できない顧客から1519件の訴訟を起こされている。金額は3953億元(約7兆9000億円)。恒大の4倍の物件を抱えていると言われる碧桂園もドル建て社債2本の利払い不能に追い込まれた。これも倒産の瀬戸際だ。

「地価は上がり続ける」という土地神話。日本のバブルはこれによって止めどもなく膨れ上がったが、中国も同様。しかし、バブルは終わった。中国のトレンドを先取りする広東省深セン市のマンション価格は1平方メートルあたり約4万元(80万円)と、2年前の半分に暴落だ。

そして人口減少。1人の女性が生涯に産む子どもの平均的な人数を示す「合計特殊出生率」が低下している。中国は2020年1.30、21年1.15、そして22年は1.09に下がった。日本も少子化が悩みだが22年1.26だから中国よりは高い。その結果、中国の総人口は22年末、14億1175万人で前年比85万人減少した。人口減少はあの狂気の「大躍進政策」で何千万人の餓死者を出した1961年以来61年ぶりという。中国政府も人口減少の危険に気づいて2015年から「一人っ子政策」をやめたが、出生率低下に歯止めが掛かっていない。

中国の足元の成長率を見てみよう。22年は3.0%。約40年ぶりに世界平均3.4%を下回った。習主席は「2035年までに1人当たりGDPを中等先進国水準に引き上げる」という公約を掲げている。それを達成するには年平均4.5%前後の成長率が必要である。これではまずい。

習独裁体制下、忖度政治のはびこる中国で許されることではない。経済成長を求め「投資」が繰り返される。中国のこの10年の総投資額は合計554兆元、円換算で1京円を超える。ケタ外れだ。しかし、投資効率がどんどん下がっている。例えば高速鉄道。総延長はすでに日本の10倍に達する。だが、田舎を新幹線で結んで何になるのか。早晩、不良債権化するだろう。一事が万事。生産性の高い部門へ資金が流れなくなり、これが中国を長期停滞に追いやりつつある。

中国は共産党独裁による強引でスピーディーな国家資本主義でのし上がってきたが、今その体制がむしろ弱みに転じつつあるらしい。共産中国建国100年の2049年が「中国の夢」実現の年と設定されている。GDPで米国を上回り太平洋を米国と分け合う構想だが、夢の実現は危うくなっている。