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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

日本の針路を考える(上)
ー脱亜と脱米のはざまでー2024.04.11

久しぶりに中国から一時帰国したベテラン外交官と懇談した。

批判を許さぬ体制作りを進める習近平政権下、重苦しい空気の北京。かつてない新卒の失業率、不動産バブルの崩壊などが社会問題化している経済の低迷。改めて大きな曲がり角に立つ中国の今を伝えてくれた。

一方、相手からは、こんな質問を受けた。

「中国から見ていると、日本のメディアには台湾をめぐり、今にも『日中開戦か』と言わんばかりの好戦的な論調があふれている。そんなことが実際起きたらどうなるのか。真面目に考えての議論とは思えないのだけれど、どうなっているのか」。

私の答え。「台湾の武力解放を声高に繰り返しているのは中国の方ではないか。現に中国海軍は、台湾海峡を航行する米艦船や、東シナ海でフィリピン艦艇と接近、接触トラブルを繰り返している。先日の台湾総統選挙への干渉も露骨だったし、尖閣問題もあるから日本の世論がヒートアップするのだ」。

「武力侵攻は選択肢として捨てない、と言っているだけだ。今、ひとつ確実なことは中国にアメリカと戦争する気はないということ。つまり米国と同盟を結んでいる日本とも戦うことにはならない。これは明快なファクトだ」。

「当面は、そうだろう。しかし長期的な保障がないから国民が不安に思うのは仕方がないではないか」。

「長期的保障というけれどトランプが再選され日米安保ただ乗り論や、廃棄論を言い出すことを心配するのが先じゃないか。日本は、その時どうするのかね」。

「確かに…」。互いの目を見てしばし沈黙が続いた。

独立国家として本来、あるまじき外国軍隊の駐留を要請して国家安全保障の軸に据えた時の吉田首相。冷戦下、アジア・太平洋戦略のため絶好な位置にある日本列島に基地群を必要とした米国。共有する死活的利益が日米安保条約を74年間、存続させた。

同盟は、友情や好意から成り立つものではない。確かにトランプは独善的だが外交がリーダーの個性で左右される要素は、さほど大きくない。双方が戦略的利益を共有していると確信できるからこそ自国青年の命をかけるのだ。冷戦期に比べ今日の日米間に、そこまでの相互依存関係があり、両国民の支持があるだろうか。

日米安保なき日本の安全保障。考えるだけでも頭が痛くなるが、相手国の情況認識が変われば同盟は絵に描いた餅となる。最悪のケースを考えておくことは必要だ。

日露戦争直前、締結され21年後に失効した日英同盟から学ぶ教訓がある。ロシアという共通の敵に対抗するための同盟であったが、第一次世界大戦が戦略地図を変えた。英国には、戦争への日本の貢献が少なかったと不満が募り、逆に国内世論は、協力への見返りが少ないと反発した。

この中で第一次大戦の結果、その存在感を飛躍的に高めたのが米国だった。太平洋の覇権国家として日米決戦も想定し始めた米国は、日英同盟が自国戦略の阻害要因となることを恐れ、その解消を強く望んだ。

その結果、日英同盟を消滅させ日英米仏四カ国による太平洋地域での締約国の利権尊重、現状維持を確認する「四カ国条約」に換骨脱胎させることに成功した。

ちなみに四カ国条約についてキッシンジャーは大著「外交」の中で、「遵守されなくても如何なる結果ももたらさぬ条約」と、その有名無実ぶりを評している。

日英同盟締結から太平洋戦争に敗れるまで43年間。日清、日露戦争に勝利し第一次世界大戦でも戦勝国の側に立った帝国日本がなぜ崩壊したのだろう。どこで政策選択を誤ったのだろう。

従来、昭和敗戦への道は日露戦争と、その後の満州進出が発端と言われてきた。しかし近年の研究では、それに6年先立つ日清戦争前後の国策判断にこそ原因があったのでは、との見方が主流となっている。歴史を振り返り日本の針路を考えてみたい。(続く)