トップインタビュー
警備業ヒューマン・インタビュー2025.11.01
樋口建史さん(全国万引犯罪防止機構 理事長)
「RFID」で万引き対策
<<全国万引犯罪防止機構は今年、設立20周年を迎えました>>
当機構は万引きを防止し、地域の安全・安心を取り戻すことを目的としたNPO法人です。
警察庁によると昨年の万引き認知件数は9万8292件で、全刑法犯の約13%を占めます。警察に届けられていない事案が多く、実被害は認知件数をはるかに上回っていると思われます。
小売業を対象に行った実態調査の結果、昨年の万引き被害額の推計値は約3460億円でした。商品の単価を1000円と仮定すると3460万件となり、認知された件数は約0.3%に過ぎません。こうした万引き被害の深刻さを広く社会に認識してもらうことが重要と考えています。
<<外国人グループによる大量窃盗が頻発しているそうですね>>
万引きには大きく2種類あります。1つは一般の人による万引き。もう1つは犯罪ビジネスとしての万引きです。
窃盗グループによる大量万引きは後者で、特にドラッグストアや衣料品店が大きな被害を受けています。盗品を他国に送付したり、インターネットオークションでさばいたりしています。
当機構では、警察・メルカリやLINEヤフーなどのネット事業者・被害企業との情報共有会議を主催し、不審なネット出品物を特定し、不正流通の防止に取り組んでいます。
<<6月の機構定時総会で、ICタグの情報を非接触で電磁的に読み取るシステム「RFID(アールエフアイディー)」の導入が、万引き対策としても非常に有効であると述べました>>
RFIDは本来、特にサプライチェーン(供給の流れ)の川中、川下における商品管理の合理化・効率化のための仕組みです。各タグには固有のIDが割り当てられていて、商品ごとの識別が可能で、一括して高速で商品情報を読み取ることができます。
商品にRFIDタグが付いていること自体で心理的に万引きを抑止する効果が期待できますし、正規に会計処理されていない商品を持って出口のゲートを通過すればアラートが表示されます。警察も、万引き事件で押収した商品が不正に店舗から持ち出されたものかどうかの特定が可能になります。犯罪捜査にとっても非常に有用です。
RFIDは、これまで数十年にわたって導入が検討されてきたのですが、川上・川中・川下の事業者間の合意形成が難しかったことと、ICタグの単価が高かったことから、本格的な導入が見送られてきました。しかし、ICタグの単価も随分安くなりましたし、何より年間8350億円もの不明ロスが出ていて、しかも不明ロスは薄く広く一般消費者に(価格上乗せなどで)転嫁されることにもなる訳ですから、抜本対策としてのRFIDの導入は、単に関係企業の経営上の課題ではなく、社会全体の課題です。RFID導入拡大に向けて、社会的な機運を盛り上げていきたいと思います。
<<RFIDの他にもIT機器を活用した防犯対策が進められています>>
防犯カメラをはじめ高性能な資機材の設置・活用は随分進んできたように見えますが、これからの課題は、被害企業間の「情報共有」だと思います。
当機構が2019年にスタートさせた「渋谷書店万引き対策プロジェクト」は、渋谷区内の3書店で防犯カメラに記録された対象者の画像を、個人情報保護法の規定の範囲内で、共同で利活用する取り組みです。一定の成果があがっていますので、渋谷区内の参加店の拡大や他地区への運用拡大を図りたいと考えています。
書店間だけでなく、個人情報保護法の下で、肖像権やプライバシーに十分配慮しながら、被害企業間で防犯カメラ画像を共同利用することは法令上可能なのですが、現実には進んでいません。この点、世論の理解がなければ、経営者は共同利用に慎重にならざるを得ませんので、まずは万引き被害の深刻な実態を広く知ってもらう取り組みに注力したいと思います。
<<万引き犯罪は、少年の場合には、より悪質な犯罪につながるおそれがある「ゲートウェイ犯罪」と言われています>>
保護者向け万引き予防マニュアル冊子「中1の保護者さまへ」は全国約1万校の中学校に約119万部を配布し、少年の規範意識向上を図っています。同様に万引き防止啓発ポスター「壁新聞」約3万枚を全国の中学校に配布しています。そのほか小中学校で「防犯講話」を開催して万引きに手を染めないよう啓発し、青少年の健全育成に寄与しています。
日本が「世界一安全で安心な国」といわれる理由は、事件や事故の起きにくい優れた社会づくりができているからです。その根幹を成すのは「高い規範意識」です。日本では長年にわたって官と民が連携し、規範意識を高いレベルで保持するための弛みない取り組みが継続的に実施され、社会に根付いています。私はその象徴的な取り組みが「万引き対策」だと考えています。
小さな違反も小さな犯罪も安易に見て見ぬ振りをしない、見とがめるべきはきちっと見とがめる、そういった社会の姿勢が規範意識を育むのだと思います。
