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視点

経済活動再開2020.05.21

進めよう 人手不足解消

5月14日、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、政府が全国に出していた「緊急事態宣言」が一部地域を除き解除された。

4月7日の初宣言に始まり、16日には対象地域が全国に拡大。当初は5月6日までだった期間が、5月4日には31日までの延長が決定していた。

しかし、多くの地域で感染者数が大幅に減少してきたことから、予定を前倒ししての宣言解除となった。解除地域では今後、自粛を余儀なくされていた各種経済活動が動き出すこととなるだろう。

警備業では、行事・イベントの相次ぐ中止や海外からの航空便の乗り入れ中止などにより、イベント警備や空港保安警備を中心に業務が激減、大きな打撃を受けた。施設警備でも各種施設の閉鎖や営業自粛などで影響が広がった。当初は影響が少なかった交通誘導警備でも、ゼネコン職員の感染により工事中止や工事現場の閉所が続き、新型コロナは警備業全体に暗い影を落としている。

早期の宣言解除は、警備業の経営環境改善にも大きな期待が寄せられる。とはいえ、新型コロナウイルスが、わが国から消え失せた訳ではない。「第2波」「第3波」の到来を指摘する声もある。

政府は宣言解除を前に、業界団体などに対し傘下企業が事業を再開する際の指針として「感染防止のためのガイドライン」の作成を要請。これを受けて全国警備業協会など81業種118団体・企業がガイドラインを作成した。警備業各社には今後、全警協ガイドラインを拠り所に、(1)密閉空間(2)密集場所(3)密接場面の「3つの密」を徹底的に避ける。その上で「人と人の距離の確保」「マスクの着用」「手洗いなどの手指衛生」――などの基本的な感染対策を継続する「新しい生活様式」の実践と同時に、事業展開を行うという難しい企業運営が求められる。

一方、経済活動再開によって再燃が危惧されるのが「警備員不足」の問題だ。

「コロナ慰労金」などの名目で、警備員に特別手当を支給する警備会社が見られるが、その背景には「警備員を引き止めたい」という強い思いがある。

いら立ち隠せぬ通達

コロナ禍深刻な4月7日に国土交通省が出した通達(5月1日号既報)は、警備業の置かれた現状を如実に表している。

同通達は、交通誘導警備員不足が円滑な工事を進める上で課題となっていると指摘。対策として、警備員確保に要する経費計上を認めるとともに、「自家警備」に言及した。2017年6月、初めて自家警備に触れた同省通達「交通誘導員の円滑な確保について」以来のことだ。

今回は「工事の安全上支障がない場合に限る」などと自家警備には控えめな表現となっているが、通達には「今なお交通誘導警備員不足の解消が実現していない」という“いら立ち”が見て取れる。

各地で自家警備を検討する「対策協議会」の前段階的な組織が相次いで発足、警備業に対応を求める動きが広がりつつある。一部地域の建設業界は、国や自治体に警備員単価引き上げを求めるなど、一見応援とも思える動きをしているが、警備業に対する「最終通告」とも見える。

コロナ対策と人手不足対策は、同時に進めていく必要がある。

【休徳克幸】

緊急事態2020.05.01

出口見えずつのる疲弊

安倍首相の発令した「緊急事態」の期限は、大型連休の終わる6日までだ。それでも感染拡大は、右肩上がりで増え続け、一層深刻さを増している。東京、大阪など13の特定警戒都道府県は、「期間の延長は避けられない」との声が支配的だ(4月28日現在)。

警備業界にもコロナ危機は現実となって広がっている。とりわけ、近畿地区の工場施設警備員の感染は、心胆を寒からしめると言っても過言ではない。感染の拡大を危惧した警備発注会社は、生産ラインの稼働を停止する決断をしたというではないか。

気の休まらないどころではない。人々は疲弊し、脅えさえも感じる日々なのである。緊急事態の再度の宣言があるとすれば、今度はその期日はどこまでなのか。5月いっぱいまで延びるのか。6月までもずれ込むのか。さらに、解除の対象となる県があったにしても、その先への不安が消えることはないであろう。

首相は緊急事態の延長を国会に事前報告した後、記者会見を開いて再び国民に協力を呼び掛けることだろう。そのとき、首相に求めたいことは、(今さらではあるが)「正確な情報と責任と対策を自分の言葉で説明し続けること」に尽きる。

だが現実は、そうならない予感がする。おそらく、これまでと同じように、スピーチライターによるプロンプター(原稿映写機)越しに、いかにも流暢(りゅうちょう)に話し続け、悦に入り(?)、事前に提出を求めた記者から質問を受けると、手元の紙を見て、あり来たりの言い回しで三つ四つ答えて終わるのではないか。

聞きたい“自分の言葉”

てっきり冗談と思った「アベノマスクの配布」、官邸の公式アカウントに投稿された「便乗動画」。さらに所得が減少した世帯に絞った30万円の給付から一転、一律1人当たり10万円への「ドタバタ変更」など。ここでは、これらの理非について、今さらあれこれと言いたてるつもりはない。

緊急事態の再宣言があるとするなら、これまで以上に国民の生命や生活に多大な影響を及ぼす政策転換なのである。首相はより重い説明責任と政治責任を負ったことになるのは明白だ。現実をしかと受け止めて分析して、プロンプターを使った自己満足気味の説明や時間を限った質疑応答で済ませるものではないということを強く言いたいのだ。

もしもの話をしよう。会見の冒頭、「今回の緊急事態に関しては、ありとあらゆる質問に応えたい。時間に制限はありません」と明言するならどうなるだろう。認識不足で返答に窮する場面があるかもしれない。それでもよい。人々が望んでいるのは、国民に寄り添い、きちんとした自分の言葉での説明と協力の呼びかけなのだ(やっぱり無理かなぁ…)。

近ごろ全国紙(一部は別)の社説やコラムで「信頼」という活字を頻繁に目にする。「ウイルスとの闘いは、国民の信頼あってこそ」、「政治の信頼が今ほど問われる時はない」――といった具合だ。分かり切ったことを記事化する筆者のやるせなさがにじんでいる。多くの論調は、安倍官邸の情報発信の稚拙さ、危機管理に対する脆弱性をさらけ出したことに対する疑心と批判である。

思い出されるのは、セコムの創業者で最高顧問の飯田亮さんの言葉だ。<<コロナ禍>>で「東京2020」の1年延期が決まった3月末のこと。本紙のインタビューにこう語った(4月1日号1面に掲載)。再録したい。

「大事なことは、為政者が国民の信頼を得ることに尽きる。国民は政府を信頼しているだろうか?大丈夫か?という疑心暗鬼が広がり、心を暗くさせ、うつむかせてはいけないよ。国民は『まずいな、こんな毎日がいつまで続くのか』と感じているのは確かだね」――。

終息までのトンネルは出口が見えず長い。

【六車護】