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視点

カスハラ2024.09.11

トップが行動し対策を

夏の夜に千葉県内で行われ、約1万人が来場したコンサートの帰り道。大勢の人とともに最寄り駅へ向かって歩いていると、横断歩道前に警備員が立っていた。安全確保のための誘導を行い、柔らかい口調で「ご協力ありがとうございます」「気を付けてお帰り下さい」と言葉を掛けていた。こうした真摯な姿勢が事故やトラブルの回避につながっていくと感じた。

顧客などが、応対する従業員に、威圧的な言動や拘束する行動を取ったり、過度な要求をしたりするカスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題になっている。一部の自治体が行った職員アンケートによると、東京都では回答した職員の半数、千葉県では4割が過去3年間に「カスハラを受けた」と答えた。被害実態の一端が分かる結果だった。

カスハラは接客業を中心に幅広い業種で起きている。警備業も例外ではなく、取材を通じて事例を聞いたことがある。

工事現場で交通誘導に当たっていた警備員は通行人から、工事を行っていること自体へのクレームを受けた。役所の宿直業務中、救急車を見た住民から電話で「赤色灯を消せ」と言われ、電話対応が2時間に及んだ警備員もいる。駐車場の専用スペースをめぐるミスがあり、警備員が謝ったものの、謝罪要求がエスカレートしていった話も聞いた。

人や企業が集中する東京都では、全国初の「カスハラ防止条例」を9月議会で制定することを目指している。罰則規定を設けない理念型とするが、「あらゆる場でカスハラを行ってはならない」ことを明示し、該当行為の抑止を図るという。条例化の動きは全国の自治体に波及する可能性がある。

都は理念条例の実効性を高めるため、ガイドライン(指針)を作る。素案ではカスハラ該当行為の15類型を示したほか、企業に対し、必要な体制整備や被害従業員への配慮、防止マニュアルの作成を努力義務として課すことを盛り込んだ。経営トップが明確に、基本方針を示す重要性にも言及した。

厚生労働省の調査によれば、企業規模が小さくなるほどカスハラ対策を行っていない割合が高くなる。警備会社で多くを占める従業員数99人以下の未実施率は73.8%。カスハラで精神的ダメージを受け、休職や離職に至るケースが少なくないことから、人材確保・定着の観点からも企業が取り組むべき課題だ。

厚労省は企業向けの研修動画(約34分)をホームページで公開している。カスハラの実態や具体的な対策などを紹介しており、この動画の活用から始めてみるのも一つの手だと思う。専門家を講師とした座学研修も取りかかりやすく、既に実施した都道府県警備業協会もある。

一方で、カスハラには働く側が原因をつくっている場合もある。言葉づかいや態度が相手に不快感を与え、カスハラに発展してしまうものだ。ある企業では、警備員を対象にした接客マナーの研修を定期的に実施。ロールプレイングを取り入れている。

都の条例化の一方、国は法律で企業にカスハラ対策を義務付ける方向で検討を進めている。だが「義務」に関わらず、従業員が安心して働き続けるために、経営トップが率先して行動することが大切だと思う。仕事に真摯に向き合う人が報われない社会であってはならない。

【伊部正之】

災害時支援2024.09.01

警備会社が被災したら

2024年の日本列島は元旦からの地震、津波に加え、局地豪雨、台風、連日の猛暑と、国民生活が自然の猛威にさらされている。

8月8日の日向灘地震では、気象庁が初めて「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表。15日の解除まで大きな地震は起きなかったが、9月1日の「防災の日」を控え、災害への備えや行動について再考する機会となった。

南海トラフ地震に備え、高知県と1996年に締結した協定の見直しに向けて取り組んでいるのが高知県警備業協会だ。国安秀昭会長(黒潮警備保障)、災害対策委の谷本秀一委員長(横田商事)、鈴木幸盛専務理事は8月5日から6日にかけて能登半島地震で被災した石川県を視察したが、その直後に日向灘地震が発生した。

高知県と高知警協の協定では「災害時における緊急交通路の確保に関する交通誘導警備業務」が対象となっており、発災直後に要請される可能性がある。また、南海トラフ地震では津波被害も想定される。高知市が津波に襲われた場合、標高が低い中心市街地は長期にわたり浸水する恐れもある。各警備業協会が都道府県と締結している災害時支援協定は、警備会社が被災していない前提でつくられていないだろうか。警備会社や警備員が被災すれば支援どころではなくなるはずだ。

高知警協の石川視察は、こうした課題意識を持って実施された。協定内容の通り警備業界は要請に応じられるのか、警備員の安全は担保されるのか、最新の危険予測や実情に即した協定への改訂が求められている。

視察に参加した鈴木専務理事は被災状況を目の当たりにし、高知で発災した場合のイメージを重ね合わせている。「会員会社の8割が高知市に集中している点は、金沢市に8割弱が集中する石川警協と似ています。警備員が金沢から能登地方に向かう移動の負担も、東の室戸岬から西の足摺岬まで片道4時間を要する高知では他人事ではありません」と指摘する。しかも高知市が津波に襲われた場合、中心市街地に立地する警備会社が被災することも想定される。

県との現行の協定について同警協災対委の谷本委員長は「発災直後の道路啓開の交通誘導を、民間の警備員が警察より早く駆け付けて実施するよう要請できる内容になっています。県の防災訓練では協定に基づいた発災直後の交通誘導警備を毎年実施していますが、会員会社が被災すれば要請通りに動けなくなります」と話す。

一方、高知警協は今年3月、高知市と「大規模災害時における交通誘導警備に関する協定」を締結した。発災から一定時間経過後に、市の要請に応じ、物資配送の拠点周辺での交通誘導警備業務などを担う。警備料金は発災前の適正価格に基づき両社が協議して定める。

能登半島地震の発災初期の石川では、県ではなく市や町から上下水道の復旧工事などに伴う警備の要請が、被災した警備会社に相次ぐこともあった。市や町と警協の間に協定があれば、連絡調整の主体は警協となり、被災した警備会社は自社の復旧にも専念できたかもしれない。

災害時支援の協定づくりでは、警備会社が被災する可能性や、市区町村から警備の要請があることも考慮しつつ、広域的な警協間の連携も強化していく必要があるのではないか。

【木村啓司】