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警備業ヒューマン・インタビュー2026.03.01

松田大輔さん(山形警備保障)

業界をもっと盛り上げる

<<山形県警備業協会青年部会(2017年発足、部会員8人)の部会長を2023年から務めています>>

山形の青年部会は協会・総務委員会の下部組織であり、協会の理解、協力で活動を行っています。部会員(30、40代)は所属会社の許可、後押しを受けて青年部会活動に参加していて、各社では中間管理職として仕事をしています。

部会員は「警備業界そのものをもっと盛り上げていきたい」「若い人たちが入りたいと思ってくれるような業界にしていきたい」という思いを共有しています。その思いを、「こういうやり方で、こういう風にやればいい」と具現化してくれるメンバーがいて、助かっています。協会の細矢正明専務理事は青年部会のために動いてくれています。

具現化では例えば、山形県庁前や大型商業施設付近の幹線道路沿いで行った清掃ボランティアに、活動場所近くの加盟会社の方々が参加してくれました。「警備の日」の広報活動や、駅から学校まで自転車で通う高校生への鍵掛けの呼び掛け活動は、警察とのタイアップで行い、業界のイメージアップにもつながっていると思います。

私は28歳から38歳まで、協会の特別講習講師をしていました。講師の仕事を通じて、「会社の中だけで生きていると世界が小さくなる。自分がいる環境だけで物事を判断しがちになる」ことに気づかされ、視野が広くなっていくことを感じました。

青年部会の活動でも視野や知識の広がりが得られるメリットがあります。加盟会社から「若い社員を青年部会に入れたい」と言ってもらえることを目指していきます。

<<勤め先の山形警備保障には24歳の時に入社しました>>

トラックドライバーをやりたくて、ハローワークで運送会社の求人票を見ていた時に、山形警備保障の求人票が同じファイルに入っていました。業務内容を見て、「こういう仕事も面白そう。やってみよう」と思ったのです。

入社してからは常駐警備員として働きました。警備先はテナントビルや公共施設、テレビ局です。施設を訪れる方やそこで働いている方とコミュケーションを取る機会が多く、大変さもありましたが、「この建物を守っている」という誇りを持って仕事に当たっていました。常駐警備員を4年ほど経験してからは、機械警備の駆け付け隊員、指令部門や、立ち上げに関わった現金輸送部隊で働きました。

現在は業務課で、現場の警備員のマネジメント(配置、教育指導)や社内システムの維持管理・導入、求人関係を担当しています。社内システムは、時代に取り残されないとともに、現場のことを第一に考えて、取り入れられるものを取り入れていきたいです。

仕事は忙しく、うまくいかないこともいっぱいあります。でも、やりたいことをやれているからなのか、あまりストレスを感じることはなく、充実しています。

私は、指導教育責任者講習講師もしています。警備員教育では、世代ごとに適したやり方があると考えています。それが正解かどうかは分かりませんが、20代なら「ほめて伸ばす」。30代なら「一人ひとりの個性に合わせる」が良いと思っています。

<<高校生の頃から楽器演奏を続けています>>

高校時代にバンド活動を始めて、私はベースを弾いていました。学校の文化祭で演奏したほか、同世代のバンドとお金を出し合って、ホールや屋外ステージを借りて、一緒にライブを行う「対バン」をしていました。

海外のベーシストの曲をCDで聴き、その魅力にひかれ、「こういうベーシストになりたい」と思うようになりました。目立つ楽器ではないベースだけで、一つの音楽として成り立たせていたからです。

高校卒業後、学校に行って専門的なことを学び、「ベースで食べていけるようになりたい」と思って東京・高田馬場の専門学校に進みました。

入学直前にクラス分けのためのレベルチェック(演奏技術テスト)があり、私は真ん中より少し上のクラスになりました。入学してからは、やりたいことのために学ぶことが楽しく、2学期にはクラスが一つ上がりました。

家の事情で、入学から半年で地元に戻ることになり、卒業もプロになることもできませんでしたが、後悔はありません。

いまはベースではなく、ドラムの演奏に、時間があるときに没頭しています。独学で13年くらいやっていて、自宅で電子ドラムを叩いています。誰の力も借りずに、やればやるほど上手になっていく、できなかったことができるようになっていくことがうれしくて、続けています。私の人生で、音楽は切り離せないものです。